日本の武家社会の礎を築いた「河内源氏」に焦点を当てた特別企画展「河内源氏と壺井八幡宮」が、大阪歴史博物館(大阪市中央区)で開かれている。武士の時代を切り開いた源氏一族の始まりが現在の大阪・河内の地にあったことを、貴重な文化財や古文書などを通して紹介する。3月15日(日)まで。

河内源氏は、「八幡太郎」(源義家)をはじめ、源頼朝・義経兄弟、さらには室町幕府を開いた足利尊氏へと連なる、日本史に大きな影響を与えた武士の名門。その出発点は、義家の祖父・源頼信が河内国壺井(現・大阪府羽曳野市)に拠点を構えたことにさかのぼる。頼信の子・頼義が石清水八幡宮を勧請して創建したと伝えられる壺井八幡宮は、源氏の守護神として篤く信仰されてきた。本展では、その壺井八幡宮に伝来する社宝と文書類などで、河内源氏の活躍と信仰、伝承などをひもとく。

目玉の1つは、「木造僧形八幡神像(もくぞうそうぎょうはちまんしんぞう)」(重要文化財、1353~54年、壺井八幡宮蔵)。同像は、剃髪し袈裟を着た僧の姿で表された八幡神で、厳かな表情が武神としての八幡信仰を色濃く伝える。現在は女神像、男神像、脇侍の童子像(すべて重文)とともに壺井八幡宮本殿に収められている。これらの像は仏師集団「円派」の一員によって作られたもので、2019年に重文に指定後、関西での一般公開は初めてとなる。
武具も見どころだ。甲冑「黒韋威胴丸 壺袖付(くろかわおどしどうまる つぼそでつき)」(重文、14世紀、同)は、胴の前後を覆い、右脇で引き合わせて着用する中世の代表的な胴丸形式。もともとは大鎧(おおよろい)を着た騎馬の上級武士に従う徒歩の下級武士が用いたが、南北朝時代、刀や薙刀(なぎなた)などの武器を使った戦いが盛んになると、その動きやすさから上級武士も好んだという。実戦に生きた武士の装いがうかがえる。今回、壺袖は本体とは別のガラスケースに寝かせた形で陳列、細部までじっくりと観察できる。
そして刀剣ファン必見の「太刀 銘 安綱(やすつな)[号 天光丸(てんこうまる)]」(重要美術品、平安時代後期、同)も公開。作者の安綱は日本刀草創期を代表する名工で、伯耆国(現在の鳥取県西部)を拠点に活躍した。本作は江戸時代の記録で「天光丸太刀」との名で壺井八幡宮の所蔵品として記され、同じ鉄で制作された「鬼切丸」と対をなす“雌雄の太刀”と伝えられてきた。

文書資料では、「長久信(ちょうひさのぶ)折紙」(7月6日付、年未詳、壺井八幡宮蔵)が注目される。戦国時代の武将・畠山尚順の家臣が、壺井源左衛門尉に宛てて領地に関する指示を記した文書で、「壺井は名字の地である」と主張する壺井源左衛門尉と、代替地を示そうとする畠山氏とのやり取りが記されている。戦乱の中で、武士が領地を維持する困難さを伝える一次史料として貴重だ。

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