市内最古の洋風建物 旧尼崎紡績本社事務所が国の有形文化財に 市外局番「06」の理由もここに

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 旧尼崎紡績本社事務所(尼崎市東本町)が、26日、国の有形文化財に登録されることが決まった。これを受け、尼崎市では、普段は非公開の内部見学会を4月に開催する。

旧尼崎紡績本社事務所(写真提供:尼崎市教育委員会)
旧尼崎紡績本社事務所 (写真提供:尼崎市教育委員会)

 旧尼崎紡績本社事務所は、明治33年(1900)に建てられたもので、煉瓦造り2階建(一部平屋建)、寄棟造・桟瓦葺で、南面には玄関ポーチがある。各階には中廊下が通り、鉄板張天井の貴賓室がある。昭和20年(1945)の空襲で、外壁や内装が一部損傷したものの戦災は免れ、昭和34年(1959)に日紡記念館(のちにユニチカ記念館)として生まれ変わり、一般公開された。現存する尼崎市内最古の洋風建築物だ。

旧尼崎紡績本社事務所(写真提供:尼崎市教育委員会)
旧尼崎紡績本社事務所 (写真提供:尼崎市教育委員会)

 江戸時代は城下町として栄えた尼崎だったが、幕末・維新期には町は疲弊し経済は停滞していた。このような状況を打開するため、尼崎の商人や旧藩士らが立ち上がり、大阪財界の協力を得て、尼崎紡績会社が設立された。その後企業規模を拡大し、日本最大の紡績会社に発展。この成功が契機となり、尼崎南部での工業の発展につながっていく。このことから旧尼崎紡績本社事務所は、工業都市・尼崎のあゆみを象徴するシンボルというべき建物とされる。明治期に建てられた煉瓦造りの建物は耐震性が低く、老朽化も進んだため、令和元年に一般公開が中止された。その後、ユニチカが解体を検討していることが明らかになり、尼崎市が令和5年(2023)に敷地を購入し、建物の寄贈を受けるという形で取得した。市民共有の歴史遺産として保存・活用していくとしている。

旧尼崎紡績本社事務所(写真提供:尼崎市教育委員会)
旧尼崎紡績本社事務所 (写真提供:尼崎市教育委員会)

 有形文化財への登録が決まったことを受け、尼崎市は普段は非公開となっている内部見学会を4月26日(日)午後1時30分~午後2時30分、午後3時~午後4時と、28日(火)午後1時30分~午後2時30分に開催する。いずれも先着30人で、4月5日(日)から申し込みを受け付ける。申し込みは、尼崎市立歴史博物館文化財担当、電話06-6489-9801へ。

 ところで、尼崎の電話番号市外局番は「06」と、大阪市とその周辺で使われている番号だ。兵庫県なのに「06」となった大きな要因のひとつが、ここにある。明治26年(1893)4月、電話が必要になった尼崎紡績会社は、大阪電話交換局で許可をもらい、大阪から尼崎の工場まで電柱を立て、電話回線をひいた。このことが、尼崎市が兵庫県であるにも関わらず大阪と同じ市外局番となったとされている。

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