《JR福知山線脱線事故21年》事故車両 ありのまま残す一方、心情考慮を求める声も

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 乗客106人が死亡、562人が負傷したJR福知山線脱線事故から25日、20年を迎えた。

 今年もJR西日本主催の追悼慰霊式が、慰霊施設「祈りの杜 福知山線列車事故現場」(尼崎市久々知)で開催される。

慰霊施設「祈りの杜 福知山線列車事故現場」
快速電車が衝突したマンションの一部(写真中央)を残し、大屋根で覆う形で2018年秋に整備が完了した

「祈りの杜」は2018年秋に整備が完了し、2019年の慰霊式から、それまでの「尼崎市総合文化センター・あましんアルカイックホール」から場所を移して行われている。

慰霊式が開かれる「祈りの杜」<※画像提供・JR西日本>

 事故の風化が懸念される中、事故車両や遺留品を保存する施設が2025年12月、大阪府吹田市に完成した。

 事故では7両編成の快速電車が脱線し、前方の車両が線路脇のマンションに衝突して大破した。業務上過失致傷事件の証拠物として神戸地検が車両を押収、捜査していたが、2011年にJR西日本に返還され、同社施設内で分散して保管されていた。

遺族や負傷者による「慰霊のことば」は予定されていない<※画像提供・JR西日本>
「一番つらい、でも忘れられない場所」と思いを語る負傷者も

 事故現場一帯に整備した追悼施設「祈りの杜」(兵庫県尼崎市)での車両保存を望む声もあったが、原則非公開で、将来的な公開のあり方については結論が出ていない。

 1985(昭和60)年の日航ジャンボ機墜落事故では、羽田空港の安全啓発センターで機体の残骸や部品などを公開するまでに、21年の歳月を費やした。

「生」の花畑(写真手前)と「祈りの杜」(右奥) 左上は一昨年(2021年)で役割を終えた「命」の花畑
事故現場手前のカーブで上り列車は減速、ゆっくりと通過して尼崎駅へ向かう(右手に「祈りの杜」)

 事故車両の保存方法などをめぐって、遺族の1人は「事故を知らない人が増えてくる。本来ならば車両は事故現場に戻し、人々に見てもらうのがよい」と話す。

 また、ある負傷者の家族は、「被害に遭った人たちでないと語れない事故当時の真実の姿がある。それは発生直後に個々の目で電車内を見ているから。ありのままを示すことも重要だが、遺族と負傷者の心情も考慮し、過剰な刺激にならないよう、慎重に進めて欲しい」と要望している。

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