「一流」「二流」「三流」…格付けは“何流”まで存在する? 六流、七流、八流、九流のほうが…!?

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 悪口も言いたくならないレベル、もはや諦めていて相手にもしたくないレベルなのでしょうか。大学や企業だと、そこまでいくと存在意義がなくなるので難しいですが、人格ならどうでしょうか。

 少々哲学ちっくになりますが、誰からも相手にされず、誰のことも相手にせず生きるというのは、ある意味すごいレベルです。

「人の評価なんて気にしちゃダメ!」とよく言われますが、勝手な評価や価値もいわせないし、聞くこともなく過ごせるわけなんですから。

 いつのまにか世間がつくりあげた常識や教科書に囚われることなく、自分自身の心で判断し、良い意味で達観することのできるレベルの人が「六流」「七流」「八流」「九流」なのではないか、と。

 これはもしかしたら、格を下げているのではなく、むしろ反対に格を上げられているレベルの人なのではと思うわけです。

 しかし、そもそも格付けなんてものこそが世間が勝手に決めたものであり、そんなもので人に上下なんて生まれないし、評価や判断をするものでもされるものでもないわけです。

 多様性の世の中だからこそ、どこまで自分の個性で強く生きていけるか。どれだけ人の個性を認められるかが問われる昨今だからこそ、「一流」「二流」のような、枠にはめるような見方やランク付けはナンセンスだと思いますし……。「六流」「七流」「八流」「九流」なんて……、屁理屈ですね(笑)。

※ラジオ関西『バズろぅ!』2026年5月9日放送回より

(『バズろぅ!』ラジオパーソライター・わきたかし)

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バズろぅ! | ラジオ関西 | 2026/05/09/土 18:55-19:00

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