見るほどに味わい深い“茶色の奇跡” 幻の技法「焼絵」を特集した初めての展覧会 中之島香雪美術館

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 茶色だけで表現された奥深いアートが広がる。中之島香雪美術館(大阪市北区)で開催中の企画展「焼絵 茶色の珍事(Pyrography:Brown Strange Things)」である。熱で素材を焦がして描く「焼絵(やきえ)」という稀少な技法にスポットを当てた、日本初となる本格的な展覧会だ。

展覧会入り口

 焼絵は、火箸や鏝(こて)などで紙や絹を焦がし、線や陰影を表現する技法。「火筆画」「焦画」「烙画」とも呼ばれる。色彩は茶から黒に至る単色に近いが、熱の加減によって濃淡を生み出し、水墨画にも通じる繊細な表現を可能にする。一方で、素材を焼くという不可逆的な工程のため、わずかな失敗が作品を損なう緊張感も伴う。

 焼絵の歴史は古く、文献上では平安時代末期にさかのぼるとされるが、長らく途絶え、江戸時代後期に再興された。その中心的存在が、近江・山上藩主であった稲垣定淳(如蘭/1762~1832年)。質素倹約の風潮の中、少ない材料で制作できる点も相まってか、藩主や知識人層の間で焼絵は静かな流行を見せた。展示を担当した郷司泰仁学芸員は「絵を描くことは当時、身分の高い人たちにとって教養の1つだった。彼らに素養があったからこそ、焼絵は上流層の中で広まったのでは。ただし当時においても非常にめずらしい表現で、通好みの芸術だった」と語る。

展示の様子

 如蘭の「三十六鱗図(登竜門図)」は、立身出世の故事を題材とし鯉を描いた作品。胸びれをねじらせ、まるで立って踊っているかのような躍動感あふれる構図が目を引く。うろこには1枚1枚こまやかな濃淡が施され、絶妙な立体感を表す。

 晴山(生没年未詳)の「虎図」は一見、ニヤリと笑うネコのよう。当時、トラの実物を見たことがなかったであろう作者が、鉄筆で繊細に毛並みを表現した秀作だ。フワフワ感に満ちたボディーはリアリティーがあり、表情と相まってポップな印象も受ける。そのほか浮世絵師・白峨(同)の「達磨図」、北鼎如連(同)の「鱏図」など、さまざまなモチーフを取り上げた江戸時代(18~19世紀)の作品が並ぶ。

稲垣如蘭「三十六鱗図(登竜門図)」(部分)江戸時代(18~19世紀)彌記繪菴
晴山「虎図」(部分)江戸時代(18~19世紀)彌記繪菴

 単調に見える茶の色遣いが特徴の焼絵だが、江戸時代には「48色の茶」があるとも言われるほど、微妙な色調の差異が追求されたという。さらに、熱と圧力による凹凸で立体感を出すエンボス技術など、工芸寄りの独自性を持つ。ただし、焦がしすぎれば穴があき、弱くすれば表現に至らない。また素材は時間とともに脆くなるため、保存も簡単ではない。作品数が少ない背景には、こうした条件もあるようだ。

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