《神戸連続児童殺傷事件29年》「なぜ、淳が命を奪われたのか…」問い続ける父親・土師守さん

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 また幼い子どもが犠牲になった。今年3月に起きた京都・南丹市男児殺害事件に触れ、守さんは「11歳の子どもが被害に遭い、犯人が肉親(義理の父親・5月に殺人容疑で逮捕)という点で、ご遺族は相当追いつめられているのではないか。そこが非常に心配だ」と述べた。

 29年前のことがよぎる。事件発生からしばらくの間は、本当に精神的にも肉体的にも厳しい期間が続いた。自宅には多くの報道陣が詰めかけ、常に監視されているような状態だった。家族を失い、悲しみに暮れる守さんら遺族に襲い掛かる“メディア・スクラム”。守さんは「(自宅の)インターホンと電話が鳴り続ける異常な状況だった」と振り返る。

 人の命が奪われる事件が起きるたび、守さんは、「ひょっとすると、既存メディアに対する不信感があるから、インターネットやSNSが発信する情報を信じてしまう、ということもあるかも知れない。それだけに、既存メディアには真摯な報道を求めたい」とも話した。

犯行現場となった通称「タンク山」すぐ近くに慰霊碑がたたずむ<神戸市須磨区友が丘>

《神戸連続児童殺傷事件》
1997(平成9)年2~5月、神戸市須磨区で小学生の男女5人が襲われ、小学4年の山下彩花さん(当時10歳)と小学6年の土師淳君(当時11歳)が死亡、ほか3人が負傷した。兵庫県警は1997年6月28日、殺人・死体遺棄容疑で中学3年の少年(当時14歳)を逮捕した。
 少年は神戸家裁での審判の後、医療少年院に収容され、2004年に仮退院し、2005年に社会へ復帰する。そして2015年、遺族に知らせることなく、手記「絶歌」を出版し、被害者遺族から批判が起きた。仮退院後、近況を知らせるために遺族へ手紙を出していたが、2018年からは途絶えている。
 2022年、この事件をはじめ重大な少年事件の記録が各地の家庭裁判所で廃棄されていたことが発覚。これを受け最高裁は全国の裁判所に対し、民事・家事(離婚、養育費、相続、成年後見など家庭に関する事件)・刑事事件を含めた全ての記録の廃棄を一時停止するよう指示した。そして史料的価値の高い事件記録を「国民共有の財産」として永久保存すると定めた新たな規則を作った。

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