昭和歌謡、昭和ポップスにスポットライトを当てたラジオ番組『中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス』(ラジオ関西)の6月12日放送回ではゲストにロックミュージシャンの愚図ケンジさんが登場。日本のロック、パンクへの思いや大阪城公園・城天ストリートライブを始めた経緯について番組パーソナリティーの中将タカノリさん(シンガーソングライター、音楽評論家)と橋本菜津美さん(シンガーソングライター、インフルエンサー)と語り合った。

1967年に大阪市内で生まれた愚図さん。彼が初めて体験したライブは、近所にあった銭湯のお母さんにチケットをもらって行った沢田研二のツアーだったという。
その後、1980年、音楽番組『ファイティング80's』(テレビ神奈川 ※サンテレビ等でもネット)でRCサクセションや”めんたいロック”と呼ばれたARB、ザ・ルースターズなど福岡出身のロックバンドを観てロックに目覚め、1981年に同級生たちと「BCG ROCKERS」を結成。一時は東京に進出するが、所属事務所との不和やメンバーの脱退で大阪に出戻る。
大阪で体制を整えなおした愚図さんが起死回生の策として始めたのが、ストリートライブだった。
「当時出演していたライブハウス『枚方BLOW DOWN』スタッフのアドバイスもあり、1980年代末頃から大阪厚生年金会館前、アメリカ村・三角公園など大阪市内の人が集まる場所で、ゲリラ的にストリートライブを始めました。その中の一つが大阪城公園」(愚図さん)

1990年、大阪城公園でBCG ROCKERSと同時にストリートライブを始めたバンドの一つに、まだデビュー前のシャ乱Qもいたそうだ。
「うちは大阪城ホールに近い噴水前、シャ乱Qは駅寄りの場所でやってました。初めはよかったんですが、すぐにいろんなバンドたちが好き勝手にストリートライブを始め、騒音や混雑がニュースに取り上げられ社会問題に。一時は管理事務所から締め出されてしまいましたが、自分が『これからは迷惑がかからないようルール作りをして、場所やスケジュールも管理するのでやらせてほしい』と交渉に行って再開することができたんです。でも、実際の実務はシャ乱Qのマネージャーをしていた寺井禎浩さん(現・株式会社ジャストプロ代表取締役)に『あとはお前やっとけ!』と押し付けて(笑)」(愚図さん)


大阪から数々の人気アーティストを輩出してきたライブスポット創成期の貴重なエピソードに、橋本さんは「城天ストリートライブは私も経験ありますが、あそこでライブができるのは愚図さんのおかげだったと知って驚きです」と話していた。
愚図さんは2010年にいったん音楽活動を引退したものの、2019年に活動再開し精力的にライブ活動やメディア出演を重ねている。
中将さんは番組中で『太陽を盗んだ男』(2002年※「愚図」名義)、『あばた』(2024年※「愚図ケンジ&ショットガンロッカーズ」名義)といった楽曲を紹介し「また愚図さんに城天でライブしてほしい」とエールを送った。

◆愚図ケンジ
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