大河ドラマ「豊臣兄弟!」と連動したNHK大河ドラマ特別展「豊臣兄弟!」が大阪歴史博物館(大阪市中央区)で開かれている。ドラマの主人公は豊臣秀吉の弟で、生涯にわたって兄を支え続けた豊臣秀長。特別展ではドラマと同じく秀長に焦点を当て、貴重な文化財や歴史資料150件を通して、秀長の人となりや豊臣政権の実像を描き出す。戦国史の裏側を支えた「最強のNo.2」の生涯を、大河ドラマとともに楽しめる注目の展覧会だ。8月31日(月)まで。

天下人・豊臣秀吉といえば野心家で機転が利くイメージが先行するが、その躍進の陰には、卓越した調整能力を発揮し続けた弟・秀長の存在があった。秀長は1540年、尾張国中々村(現在の名古屋市中村区)で出生。兄より3歳年下で、ともに農民から身を起こし、織田信長に仕えて武将となり、全国統一への道を歩んだ。冷静で温厚な性格から、織田家や豊臣家の重臣、大名たちとの交渉役を担い、内政・外交・軍事全般で兄を補佐した。「彼が長生きしていれば豊臣政権は安泰だった」と後世に評されるほど、その存在感は大きかったという。
本展では、こうした秀長の功績を多様な資料で掘り下げる。展示は第1章「転戦の日々」、第2章「天下一統」、第3章「大和入国」、第4章「時の権力と美」、第5章「豊臣の落日」の全5章構成。


注目すべきは、現存資料が極めて少ない秀長ゆかりの品々がそろう点。秀長の菩提寺・大光院(京都市北区)に伝わる「豊臣秀長像」(1593[文禄2]年、後期展示)や、春岳院(奈良県大和郡山市)伝来の肖像画(江戸時代・18世紀、前期展示)、壷阪寺(奈良県高取町)の木造坐像(1630[寛永7]年)など、秀長の姿を今に伝える貴重な資料を展示。さらに、秀長が実際に使用したことが分かっている唯一の茶道具「肩衝茶入 銘 薬師院」(中国・南宋~元時代・13~14世紀)も紹介している。

兄弟の信頼関係を物語る資料も見逃せない。賤ケ岳合戦の最中、秀吉が秀長に送った直筆書状「羽柴秀吉書置 美濃守宛」(1583[天正11]年)は、前線で指揮を執る弟に向けて細やかに指示する内容で、天下一統(統一)という大事業を兄弟が二人三脚で進めていた様子がうかがえる。さらに興味深いのは、秀吉がいた大坂城と秀長が住んだ郡山城から出土した瓦の比較展示だ。瓦は同じ型で製作されており、兄弟が城づくりにおいても技術や生産体制を共有していた様子が浮かび上がる。柴田勝家との決戦の様子が色鮮やかに表された「賤ケ岳合戦図屏風」(江戸時代)、秀吉の権力を象徴する巨大政庁・聚楽第の壮麗な姿を描いた「聚楽第図屏風」(桃山時代・16世紀、前期展示)も見どころ。






