巨大地震にどう備える? 南海トラフ地震の記録、発生の解説も 大阪市立科学館で企画展「地震の科学」

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 いつ、どこで起こるか分からない地震。中でも、近年の発生が懸念されている南海トラフ地震に焦点を当て、発生メカニズムや過去の被害、観測技術の歩み、防災情報の役割を多角的に紹介する企画展「昭和南海地震80年『地震の科学―記録が語る過去、科学が解く仕組みと備え―』」が大阪市立科学館(大阪市北区)で開かれている。大阪管区気象台との共催で、「巨大地震はなぜ起きるのか」「私たちは何を備えるべきか」を科学的な視点からひもとく内容だ。会期は8月30日(日)まで。

会場入り口

 1946年、潮岬南方沖を震源として発生、1400人あまりの死者・行方不明者が出た昭和南海地震から80年という節目に合わせた企画。南海トラフ地震は、静岡県沖の駿河湾から九州沖の日向灘にかけて延びるプレート境界において、およそ100~150年ごとに繰り返し発生してきた巨大地震で、これまで幾度となく甚大な被害をもたらしてきた。同地震から80年の本年、次の巨大地震が「いつ起きてもおかしくない」とされる中で開かれる本展は、過去の災害を振り返るだけでなく、私たちがこれからの備えを考える上で役立つ、貴重な機会といえる。

昭和南海地震の被害写真

 大きな見どころは、南海トラフそのものを立体的に体感できるコーナー。南海トラフの海底地形を再現した大型フロアマットを3Dメガネで観察することで、海底に延びる巨大な「みぞ」の地形を立体的に理解できる。深さは約3000~4000メートルにも及び、富士山がすっぽり入るほどの規模だ。あわせて南海トラフ周辺の海底地形が分かる立体模型や地震発生の仕組みについて説明する装置も展示。

 興味深いのは1854年に発生した安政南海地震のパネル。同年の絵図「大坂大地震つなみ一枚刷」には、津波によって停泊中の船が押し流され、橋を壊しながらさかのぼった様子が描かれている。津波によって、同地震では多くの犠牲者が出た。安政南海地震からさらに147年前の1707年宝永地震も同じ被害が起きていたが、年月とともに忘れられ、悲劇は繰り返された。

 その経緯を受け、安政南海地震の翌年、現在の大阪市浪速区に石碑「大地震両川口津浪記」が建てられた。石碑側面には、再び同様の被害を出さないよう、地震の教訓が刻まれている。展示を担当した江越航学芸員は「南海トラフ地震は発生間隔が人間の一世代を超えているため、過去の地震のことは忘れられがち。教訓が刻まれた石碑には、後世の人々の安全を願う先人の思いやりが込められている」と指摘する。石碑は現在も毎年、地域の人々によって、文字が読みやすいよう手入れされているという。

3Dメガネをかけて南海トラフの海底周辺を見るコーナー
南海トラフ周辺の海底地形を表した立体模型

 阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)に関する展示も。1995年の同地震を引き起こした「野島断層」の断面を実物大パネルで再現、断層によって地盤が大きくずれ動いた様子を間近で見ることができる。巨大な断層の迫力を体感しながら、地震とは地下で何が起きている現象なのかを理解できる構成で、パネルの撮影もできる。

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