『寛永行幸四百年祭』 菊と葵~ “公家と武家の融和” 江戸時代最も豪華な饗宴が今、問うものは…

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 今年は寛永行幸から400年の節目にあたり、12月6日には京都御所(京都市上京区)から二条城(同中京区)まで行列を再現する。 当時の行幸は、朝廷をはじめ公家や全国の大名が二条城へ向かう総勢約9000人規模だったとされる。

「下襲(したがさね)」と長い「裾(きょ)」は華やかな織物・染物を使用する“一日晴”

 今回は350人規模での再現となるが、寛永行幸四百年祭実行委員会によると、今年春までに行列への参加希望者の先行エントリーには、全国から予想を超える約1800人の応募があったという。

発表会が開かれた日本橋三井タワーの大暖簾に描かれた“紋”は近衛忠大氏がデザイン

 観衆の一部は「二条城行幸図屏風」(京都・ 泉屋博古館蔵)に描かれた装束を再現した衣装を纏う。技術の伝承が急務とされる染織や工芸など、伝統産業や技術の振興につなげる側面もある。

日本橋で行われた出発式 時の将軍・徳川家光はここから出発したとされる〈2026年7月22日撮影 東京都中央区〉

 7月22日、寛永行幸四百年祭実行委員会が東京・日本橋で出発式を行い、再現行列の装束が披露された。
 これらは文献のみを頼りに、どのような染物や織物を使用するかを考えて復元している。

 この日、五摂家筆頭近衞家当主でクリエイティブディレクターの近衞忠大氏や、弓馬術礼法小笠原流三十一世宗家嫡男・小笠原清基氏も会見した。
 

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