落語家の立川談春さんと、シンガー・ソングライターのさだまさしさんが、年末に大阪・フェスティバルホールで行われる落語と音楽を組み合わせた舞台「玉響(たまゆら)」の取材会に登場した。2人は落語と歌に共通する「言葉」や、フェスティバルホールへの思いを語った。

落語が大好きだという、さださん。だからこそ、「日本語をちゃんと話せる噺家をもっと重用していいのでは」と、言葉を大切にする落語家をリスペクトする。
その一方で、現代の日本について「日本語が下手な日本人が増えた」と感じているという。
「なんかね、日本語が通じなくなってきたということは、落語の深みというのがどんどん伝わりにくくなってきている。僕は落語が大好きなので、それが歯がゆい」
また、歌と落語の共通点として、言葉の重要性について次のように語った。
「歌と落語というのは、言葉を使うという点で、非常に近いもの。言葉というのは、自分の意思を伝えるだけじゃなくて、お互いの距離感を埋める道具でもあり、お互いの価値観を共有する道具でもある。それから、世の中のルールを確認するツールでもある。言葉がなくなると、秩序が壊れていく。
落語というのは、日常の会話の中で、社会の、その秩序みたいなものの中に、ちょっと皮肉な笑いを入れてみたり、高度な笑いを入れてみたりする。
結論から言うと、僕は歌を歌っている、作って歌っている。それから、落語が大好き。落語と、僕が作る歌ということに限定させていただくと、人生の工程ですね。つまり、人生をひがむのではなく、否定するのではなく、落ち込むのでもなく、全部ひっくるめて、『飲み込んじゃおう』と。それで『笑っちゃおう』というのが、歌と落語の一番大きな共通点だと僕は思う」
大阪の言葉文化についても、「素晴らしい。言葉が、すごくいい意味で、人々の間に機能している」と話した、さださん。上方落語だけでなく、大阪の「浪速っ子」と似ている部分があるという「江戸っ子」の文化、その流れをくむ江戸落語にも敬意を示した。
「僕は大阪でも江戸落語は理解してもらえると思う。事実、談春がたくさんお客さんを呼んでいる」
そう話し、談春さんのこれまでの活動にも言及。今回の「玉響」での共演にも期待を寄せた。そのうえで、噺家には「日本語という枠を、守ってほしい」と願った。

一方、談春さんは、さださんとの関係について「その距離感というのは、たぐいまれな幸運」と話し、「ずいぶん『救って』いただきました」と振り返った。
2人の話は、フェスティバルホールにも及んだ。
談春さんは、落語家になって5、6年目のころ、さださんから「お前にフェスティバルホールのセンターで、フェスティバルホールの拍手を浴びさせてやりたい」と言われたことを振り返った。
談春さんは2008年に旧フェスティバルホールで独演会を開催。2013年の新装後には、立川志の輔さんとの兄弟会で落語のこけら落としを務めた。「それ以来、フェスティバルホール(での落語)というのが、僕の中でライフワークになっている」。





