島根県出雲市の十六島(うっぷるい)町は、全国的にも知られる「十六島海苔」の産地だが、実はもうひとつ恵みがある。それは、天然わかめだ。春、海底を草原のように覆うようにしげるわかめを採る漁師は、現在ただ一人。12年前にこの地に移住してきた西川哲平さんである。

西川さんの出身地は、兵庫県多可町。山々に囲まれた町で育った。昔から釣りが好きで、身近に海がなかったからこそ、かえって海への憧れは強かったという。「小さい頃から海に憧れがあって、漁師はかっこいいなと思っていました」と語る川西さんの思いが現実になったのは、結婚がきっかけだった。妻の実家が島根県だったのだ。ちょうど水産会社が社員を募集しており、定置網漁の仕事に就いた。こうして、暮らしたことのない土地で憧れの“漁師人生”が始まった。
海に出るようになった西川さんを驚かせたのが、十六島の春の景色だった。水面の下をのぞくと、天然わかめが海の底を埋め尽くし、まるで草原のように見えたという。口にすれば肉厚でシャキシャキ、濃厚な磯の香りがした。味噌汁だけでなく、刺身やサラダでも存在感を発揮したという。
ところが、現地ではその豊かな恵みを採る人はほとんどいなくなっていた。かつて十六島では住民の8割ほどが漁師で、春になると80~90隻もの船が競うようにわかめ漁へ出ていたというが、高齢化で担い手は減っていった。

わかめ漁は春の限られた時期にしかできず、日本海は荒れる日も多いうえ船が座礁しかねないほどの浅瀬で刈り取る。実際に漁へ出られるのは年間20日ほどだという。技術・経験が必要とされ、決して簡単ではない。それでも海の中では、毎年変わらずたくさんの天然わかめが育っていた。収穫されないまま時期を過ぎると、大きくなりすぎて色も味も落ち、やがて枯れてしまう。ちぎれたわかめが海底にたまってヘドロになったり、浜辺へ打ち上げられたりすることもあった。
「こんなにおいしい天然わかめが、誰にも食べられないまま、最後はゴミのようになってしまうのは悲しい。ならば自分が採って多くの人に届けよう」。そう決めた西川さんは7年前に独立し、海咲丸の船長として天然わかめ漁を始めた。

西川さんによると、市場に出回るわかめの多くは養殖または輸入品で、天然ものは全体の約1%だそう。養殖わかめが海上の施設で育つのに対し、十六島の天然わかめは、幼い頃から岩場に根を張り、日本海の荒波にもまれて育つ。その環境が、肉厚さと力強い歯ごたえを生むのだという。
現在、西川さんは天然わかめ漁をどのように次世代へつなぐかを思案中だそう。「私がやめてしまうと、出雲・十六島の天然わかめが途絶えてしまうかもしれません。子どもたちが大きくなった時に、『十六島は魚も海苔も海藻もおいしい』と、胸を張って言える場所であり続けるように、この仕事を続けていきたいです」と笑顔を見せた。

●海咲丸
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