明延鉱山の地下に残る技術と記憶 『一円電車』がつなぐ、地域の歴史

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 兵庫県養父市の明延地区にある、明延鉱山。約1300年に及ぶ歴史を持つといわれ、かつては日本一のスズ鉱山として知られたこの場所には、現在も当時の坑道や採掘設備が残されています。

 今回はガイドの案内で坑道に入り、実際に使われていた道具や採掘方法について話を聞きました。そこで見えてきたのは、山のなかに広がる大規模な“地下の仕事場”と、時代とともに進化した技術の数々でした。

明延鉱山 探検坑道入口 中からは涼しい風を感じる
明延鉱山の探検坑道入口、中からは涼しい風を感じる

 ガイドを担当してくれたのは、鉱石の道明延実行委員会・会長の小林史朗さん。

 明延鉱山で水平に掘られた運搬路だけでも約550キロメートルに及ぶといいます。そのうち、現在安全に見学可能な坑道は約660メートル。採掘現場では、爆薬を使って岩盤を崩し、落ちた鉱石を運搬路まで運び出していました。

坑道に入るにはヘルメットの着用が必要
坑道に入るにはヘルメットの着用が必要
鉱石の道明延実行委員会・会長の小林史朗さん
鉱石の道明延実行委員会・会長の小林史朗さん

 坑道内には、機械を動かすための“空気”が送られています。8気圧まで圧縮した空気をパイプで送り、エアモーターの動力として利用。

 機械を動かしたあとの空気は圧力を失い、坑道内の換気にも使われていました。限られた資源を無駄なく利用する工夫が施されていたことがわかります。

坑道内でガイドをする小林さん
明延鉱山 坑道
明延鉱山・坑道

 鉱脈を探す方法も、時代とともに変化してきました。近代になると、ボーリング機を使って岩盤を掘削。ダイヤモンドの刃で岩石をくり抜き、数百メートルから1キロほど先の地質を調べていました。

 採取した岩石を分析することで、地下にどこまで鉱脈が続いているのかを立体的に把握し、採掘にかかる費用や採算性まで見極めていたそうです。

 一方で、鉱山で働くことは決して安全な仕事ではありませんでした。爆破後には、落ち残った岩を落とす作業や、石の粉じんへの対策などが必要でした。

 明延では大規模な爆発事故などは起こりませんでしたが、操業期間中には落盤事故などによる犠牲者も出たといいます。

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