年末が近づくと、街のあちこちから流れてくる音楽「くるみ割り人形」。チャイコフスキーの美しい調べに乗せた同名のバレエ作品は、誰もが知る傑作だが、子ども向けのおとぎ話として語られることが多い。ところが、日本が世界に誇るバレリーナ、森下洋子にかかると、見る者の心を激しく揺さぶる少女の成長物語に変わる。舞踊生活71年目を迎えた森下が、フェスティバルホール(大阪市北区)での同作公演を前に会見、作品に込めた思いなどを話した。
森下は、11月23日(水・祝)、同ホールで上演される松山バレエ団(東京都港区)の「くるみ割り人形」で、主人公クララを務める。同バレエ団が初演した1982年から40年にわたって担い続けてきた思い入れの深い役だ。
クリスマスの夜、少女クララはくるみ割り人形に閉じ込められた王子を助け、ともに天上の国を旅する。クララと王子は心を通い合わせるが、旅の終わり、2人に永遠の別れが訪れる。「人生には、夢のようにうれしいことも考えられないほどの苦しみもある。クララがそういったあらゆる経験を経て、成長していくさまを表現したい」と、森下は柔らかな口調で語る。
松山バレエ団の「くるみ」には、大きな特徴がある。それは、物語の軸として生と死の定めを描いていること。第1幕のパーティーの場面は、ただクリスマスを祝うだけでなく、亡くなった人たちを偲ぶ「生まれかわり会」という設定になっている。2011年の東日本大震災を受け、改訂されたオリジナル演出だ。「出会いの喜びが大きいほど別れの切なさも大きい。一方で、心の中につらさを抱えていても、生きていること自体がどれほど幸せなことであるかを、クララとして伝えることができたら」(森下)。
明るく純粋、可憐な容姿で、指先の動きまでもがいじらしい。一方で、どんなことがあっても前に進もうとするたくましさも持つ。そのギャップが舞台上でオーラとなっている。クララと森下のキャラクターはいつもぴったり重なり、どこまでが演技なのか分からなくなる。バレエのカリスマでありながら、生来持つ少女性が年々深化、年齢を超越して、奇跡のようなステージが展開する。だが舞台に上がる前の森下は、「チャイコフスキーの音楽を肉体で表すには、毎日稽古を続けるのみ。そして日々、新しい発見があります」と、あくまで地道、マイペースだ。
松山バレエ団による同作のもう一つの特徴は、王子との別れの場面で、同じくチャイコフスキー作曲のバレエ曲「眠れる森の美女」の中の「間奏曲」を使っていること。同バレエ団の総代表で、公私ともに森下のパートナーである清水哲太郎による独自の演出だ。
◆松山バレエ団「くるみ割り人形」全幕
会場:フェスティバルホール(〒530-0005 大阪市北区中之島2-3-18)
日程:2022年11月23日(水・祝)午後3時開演
チケットの予約など、公演に関する問い合わせは同バレエ団公演事務局03-3408-7939