モダニズムの詩人、竹中郁(1904~1982年)と洋画家、小磯良平(1903~1988年)。2人の長年にわたる親交を軸に、芸術家としてのそれぞれの軌跡をたどる、特別展「竹中郁と小磯良平 詩人と画家の回想録(メモワール)」が神戸市立小磯記念美術館(神戸市東灘区)で開かれている。12月18日(日)まで。(※イベントは終了しました)

2人の出会いは1917(大正6)年、旧制兵庫県立第二神戸中学校(現在の兵庫高校)。入学時に同じクラスで、教室では1人をはさんで前(小磯)後(竹中)の席だったという。同校の絵画クラブに所属した2人は連れ立って写生や展覧会に出掛け、やがて無二の親友となっていった。
小磯と同様、竹中も当初は画家を志したが、養父の反対により断念。文学に傾倒するようになり、最終学年の時に投稿した詩が「詩と音楽」(北原白秋、山田耕筰主宰)に掲載され、詩人としてデビューを果たした。竹中は関西学院(現・関西学院大学)、小磯は東京美術学校(現・東京藝術大学)と進学先は離れたが、小磯は同校の卒業制作で竹中をモデルにした油絵「彼の休息」(1927年)を手掛け、首席で卒業した。
展示の中で特に興味深いのは、小磯は絵画、竹中は詩で、お互いを表現している点。「彼の休息」の竹中は、ストライプのラガーシャツを着用、モダンな雰囲気の室内でリラックスした様子の青年であるが、その後、太平洋戦争前後(1941-51年)に描かれたデッサンでは、スーツ姿で腕を組み、何かを考えているような表情を浮かべている。
ほかにも「午后の客」(1933年)ではアコーディオンを抱え、「練習場の踊子達」(1938年)では弦楽器を持つなど、竹中は小磯の代表作にたびたびモデルとして登場する。
竹中は、小磯との中学時代の日々を「かわらぬR.K.」(1978年、「小磯良平画集」)というタイトルの詩に乗せた。当時、神戸市兵庫区の祇園神社近くにあった小磯の家を「夏は蝉しぐれ一ぱいの家」「門への石段をのぼりきって振り返ると 海洋気象台の鉄塔や造船所のクレーンがみえた」と描写、「きみの上をやわらかくしっとりと包み込んで きみをそだてていた倖せ」と、ともに過ごした少年の日々を振り返っている。戦後に作った詩では、「君とぼくとは前の世でそしらぬ顔だった」と書き出しつつ、「中学校で机をならべて以来 ながいこった 君が兄弟衆とくらしたより ぼくとくらした方が多い勘定だ 死ぬ時の経帷子(かたびら)もお揃へとしとくか」(1947年、「生きてゐる十人の友の募碑銘」より「小磯良平」)と結んでいる。
そのほか展示では、交流があった画家の作品や竹中が戦後に描いた絵画なども並ぶ。1928~30年、2人が遊学目的で渡仏した際、観光地などを巡った様子が収められた貴重なビデオ映像も公開されており、小磯が好きだったというモーツァルト「ヴァイオリンのためのソナタK.378」の調べを聴きながら、2人の若かりし日々に思いを馳せることができる。
旧制神戸二中で出会ってまもなく、小磯は竹中を牧場に誘い、絵の描き方を教えた。一方、社交的な竹中は、シャイな小磯を喫茶店やバーに連れ出し、さらには、交流のあった画家、角野判治郎や川西英、今井朝路らを小磯に引き会わせた。
多田羅珠希学芸員は「何者でもない時代から互いを知り、感性を尊重し合える親友が人生の伴走者になっていることが、2人の芸術と人生に豊かな実りをもたらした。作品を通じて、その奇跡のような関係を知ってもらえたら」と話している。
◆開館30年特別展「竹中郁と小磯良平 詩人と画家の回想録(メモワール)」
会場: 神戸市立小磯記念美術館(〒658-0032 神戸市東灘区向洋町中5-7 六甲アイランド公園内会期:2022年10月8日(土)~12月18日(日)
開館時間:10:00~17:00(入場は16:30まで)
休館日:月曜
入館料(税込):一般1,000円、大学生500円、高校生以下無料
問い合わせ:同館078-857-5880
神戸市立小磯記念美術館 https://www.city.kobe.lg.jp/kanko/bunka/bunkashisetsu/koisogallery/index.html




