酒米の生産地としても知られる兵庫県加西市。最近では、“酒米の王様”と呼ばれる「山田錦」に加え、「兵庫夢錦」や「愛山」「雄町」などの品種も栽培されています。
そんな加西市で、地元産の酒米を使用した酒づくりにこだわるのが、180年以上続く酒蔵「富久錦」。伝統的な酒づくりの手法を大切にしつつ、新たな味わいも生み出しています。代表取締役社長の稲岡敬之さんに聞きました。
■伝統的な「生酛造り」を再開
日本酒づくりにおいて重要な役割を担う「酒母(しゅぼ)」。「酒の母」という字の通り、日本酒の土台となるものです。酒母の作り方で現在主流となっているのは、人工的に作られた乳酸を使用する「速醸(そくじょう)」という方法。
しかし、富久錦では9年前から、手間も時間もかかる「生酛(きもと)造り」を再開しました。自然の力で日本酒をつくる生酛造りは、江戸時代から伝わる伝統的な手法。天然の乳酸菌の力で酒母を作ります。
最初の数年は失敗も多かったそう。それでも伝統的な手法にこだわるのは、生酛造りでしか出せない味わいがあるから。稲岡社長は、「自然の乳酸発酵でできた酸味は奥深い。時間が経ってもどんどんおいしくなる」とその魅力を語ります。現在、富久錦の日本酒の半数が生酛造りです。
■歴史ある酒蔵の挑戦
伝統的な手法を大事にしながらも、新たな日本酒づくりにも挑戦する富久錦。抵抗なく、誰でも飲みやすい日本酒として誕生したのが低アルコール純米酒の「Fu.(ふ)」です。日本酒のアルコール度数は15%前後が一般的ですが、「Fu.」は8%。使用するのは、加西市産の食用米「キヌヒカリ」です。酸味と甘みが感じられる味わいとのこと。
また、2021年に誕生したのはスパークリング純米酒の「祝泡(しゅわ)」。シャンパンのように気泡がシュワシュワとはじける日本酒のため、「最初の1杯として選んでほしい」と稲岡社長。あまり日本酒を飲んだことがない人や、普段はビールやワインを飲むことが多い人でも楽しめそうな印象です。
加西市で今後も酒づくりを続けることに対して、稲岡社長は「より多くの人に日本酒を楽しんでほしい。日本酒ファンを増やしたい」と意気込みます。伝統を大切にしながらも、日本酒の可能性を探求し続ける老舗の底力。今後の挑戦にも期待が高まります。
(取材・文=岡本莉奈)