乗客106人が亡くなったJR福知山線脱線事故で負傷した女性らが24日夜、安全と犠牲者追悼の祈りを込め、全国から寄せられた写経を事故現場の慰霊施設「祈りの杜」(兵庫県尼崎市久々知)に奉納した。
奉納したのは兵庫県伊丹市の増田和代さん(53)。「写経プロジェクト」として、今後も全国に協力を呼び掛けるという。
※記事中の画像の一部は、特別な許可を得て内部で撮影しています。
増田さんは2005年4月25日、事故車両の3両目に乗っていた。抜けるような青空だった。増田さんは母とともに、当時開催されていた「愛・地球博(愛知万博)」へ向かうために快速電車に乗車。事故で体が飛んだ。左足首を挫傷し、腰を圧迫骨折するなどの重傷を負った。
その後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や過呼吸、パニック障害… 10種類以上の睡眠薬や抗うつ剤が手放せない生活が続いた。まだ足腰が痛む。そして、今でもあの惨状がよみがえる。忘れたくても、あの風景が襲い掛かってくる。
事故から18年経ち、増田さんのみならず遺族や被害者にとって、事故の記憶の風化や関心の薄れを懸念する声があがる。また、安全・安心への意識をいかに高めるか、大事故を経験したからこそ、その思いは年々強まっていく。
「祈りの杜」は、増田さんにとって母親との思い出の場。本来は楽しい”お出かけ”の途中、快速電車はカーブを通過するだけだった。それが一瞬にして辛く悲しい“事故現場”になってしまった。それでも、あの日母親とここで一緒にいた場所という記憶は消えない。
増田さんは年を追うごとに風化が進むことに心を痛めていた。事故で負傷した人たちや遺族は、4月25日が近づくと、しだいに気持ちが沈む。その一方で「前を向かなければ」と、気持ちを奮い立たせようとするもうひとりの自分がいる。
この間(はざま)で、気丈に生きるのはとても苦しい。心が折れないように言い聞かせると、今度は体に傷みが走る。「なぜ、こんな思いをしなければならないのか」。
増田さんは2022年2月、以前から交流のあった尼崎市の道心寺住職で落語家の露の団姫(まるこ)さんに相談し、SNSを通じて、心を寄せてくれる全国の人たちに般若心経を書き写してもらい、事故現場に届けることを提案された。
写経には犠牲者の慰霊や、鉄道の安全への祈りを込めている。団姫さんは「風化させないということは、他人事(ひとごと)にさせないということ。同じ経験はできなくても、写経を通じて思いを寄せることで、安全への願いを高めていただければ」と話す。こうして全国から寄せられた写経は昨年から200巻を超えた。