2025年開催の大阪・関西万博に合わせ、兵庫県で展開している「ひょうごフィールドパビリオン」。体験型地域プログラムのひとつとして実施するのが、「Feel Records~レコードの体験型オープンファクトリー」です。美方郡新温泉町にある老舗レコード針工場で、ぜいたくな“ながら聴き”を体験します。
◆縫い針の製造技術を活かし、レコード針の製造へ
美方郡新温泉町は、縫い針の一大産地として栄えた町。プログラムを実施するJICO(ジコー)日本精機宝石工業株式会社も、元々は縫い針工場として1873年(明治6年)に創業しました。その縫い針の製造技術を応用して、1966年からレコード針の製造を開始。現在では2350種類のレコード針を職人と呼べるほどの熟練した社員が手仕事で組み上げています。
◆レコード針の先端には、繊細な職人技術
レコード針の針先はダイヤモンドのチップでできています。そのサイズは0.25ミリ×0.6ミリと非常に小さく、例えるならシャーペンの芯の先ほど。ダイヤモンドチップを埋め込む作業は、先端が少しでも欠けるとダメになってしまうため、一本ずつ慎重に手作業で行っているそう。プログラムでは、そんなレコード針の製造工程を見学できます。
手元での繊細な作業は見るだけでは伝えきれない部分もあり、プログラムでは、レコードの音を“聴く”体験にも重点を置いている、といいます。
しかし、いざ“聴く”となると身構えてしまうため、食事や好きなことをして過ごす際にレコードの音を添える“ながら聴き”の時間を提供。高性能なオーディオシステムを備えたリスニングルームでのレコード鑑賞、 そして兵庫県但馬地方の旬食材を使ったランチをいただくなど、レコード針が生まれる場所で、音楽とともに時間を紡ぐことをコンセプトにしています。また、好みの音質に合わせて世界にひとつだけのレコード針を制作する、針のカスタマイズサービスも行っています。
◆インバウンド需要も
プログラムの所要時間は約2時間半で、1組最大5〜6名までの完全予約制。普段聞いているレコード盤があれば持ち込むこともでき、オプションで能や狂言など日本の伝統芸能鑑賞を追加することも可能。伝統芸能を見ながらの“ながら聴き”は、海外旅行者からの需要が期待できそうです。
◆引き継がれる職人技術
レコード針は職人によって1本ずつ手仕事でつくられているため、その技術を後世に引き継ぐことはSDGsにも繋がります。JICOのベテラン職人は「若い職人が後世に技術をつないでいってくれることにやりがいを感じる」と話します。そして若い職人も、聴く人が求める音質に近づけられるよう日々試行錯誤しながら、世界に1本しかない針を生み出しているのだそう。
◆最近のレコード人気の復活
JICOの仲川和志さんによると「レコードを知らない世代の方は、A面B面というレコードのつくりそのものに興味を持ってくださることが多い」のだそう。
「サブスクでイヤフォンから手軽に音楽を楽しむのも便利でいいのですが、たまにはスピーカーから、鼓膜や細胞への波動で音楽を感じるのもいいのではないでしょうか。私は音楽の楽しみ方として、どちらも必要で共存できるものだと思っています。例えば、缶コーヒーやペットボトルのお茶が必要な時もあれば、特別な豆や茶葉を水からこだわって淹れるのも、また格別においしいですよね。音楽もそれと同じで、どちらとも良さがあります。」と話します。最近では若いアーティストもレコードをリリースするなど、音楽との接し方もさまざまな広がりを見せています。
◆好みの音色探し! レコードならではの楽しみ方
仲川さんから、自宅でレコードを楽しむポイントも。針先の交換が可能なタイプは、簡単にさまざまな音を感じることができます。楽曲ごとに針先を交換して好みの音色を探すのも、レコードならではの聴き方としておすすめなのだとか。
◆「モノ」消費から、体験型の「コト」消費へ
レコードがどの家庭にも必ずある時代とは異なり、今は趣味の製品という面もあるかもしれません。コロナ禍のステイホームをきっかけに、「モノ」消費から体験型の「コト」消費への意識が一段と高まりました。他人とは違う経験やゆとりの時間としても、レコードは特別な体験を演出してくれるアイテムのひとつになりうるかもしれません。
(取材・文=市岡千枝)