元機関士が明かす南極への航海記 「ひどいときは波の高さが20メートル」 エンストで死を覚悟も | ラジトピ ラジオ関西トピックス

元機関士が明かす南極への航海記 「ひどいときは波の高さが20メートル」 エンストで死を覚悟も

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 南極への航海を経験した元機関士が、ラジオ番組で当時の経験を明かしました。

 難処理プラスチックのリサイクル業、株式会社REMARE(三重県鳥羽市)の代表を務める、間瀬雅介さん。同事業を始めるきっかけになったのは、南極への航海だったといいます。

「もともと僕は船乗りで、航海士・機関士として南極へ行って仕事をしていました。そのとき、フィリピン海沖にけっこうな範囲で海洋プラスチックが浮かんでいるのを見たんです。それ以来、どうすれば資源の循環を最適化できるか考えるようになり、陸に降りて、今の会社を作り始めました。(プラスチックが海に浮かぶ光景は)けっこうインパクトが大きかったですね。ただ、環境に悪いからというよりは、『もったいないな』と。この(捨てられた)素材を使ってもっと楽しいことができそうだなと思ったんです」(間瀬さん)

 間瀬さんは、南極で印象に残ったことについて、次のように語ります。

「(南極に行った目的は)氷山がどれだけ溶けているか、といった生物調査・海洋調査だったのですが、そのときは前年比8キロくらい溶けていました。氷がないという状況ですね。南極は北極と違い大陸があるのですが、氷がないと大陸は真っ黒。黒い陸がずっと見えているんです」(間瀬さん)

 一方、南極へ向かう道中は過酷なものだったそうで、オーストラリアと南極大陸の間の暴風圏とされる海域では、ひどいときで波の高さが20メートルにもおよんだそう。

 横波がぶつかると船の転覆もあり得るような危険な海域を渡るときに、まさかのエンジンストップ、船内がブラックアウトしたという非常事態も経験。間瀬さんは「あの時はもう終わったなと思いました。皆がとっさに動いて復旧させて、全員がやるべきことをするために動きました」と、危機一髪の状態から脱却したときの様子を振り返っていました。

 現在は、元機関士ならではの腕前もいかした自作の機械で、海洋に捨てられている漁具を再資源化し、内装材などで世に送り出している間瀬さん。今後について、「技術開発の面でもう少し高度な機械の開発をして、世界に展開できるようにしたい」と展望を語っていました。

株式会社REMAREの間瀬雅介さん(中央)。両端は『としちゃん・大貴のええやんカー!やってみよう!!』パーソナリティーを務める田中大貴(左)と林歳彦氏(会社経営者・環境活動家)

※ラジオ関西『としちゃん・大貴のええやんカー!やってみよう!!』2024年4月29日放送回より

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