兵庫県の北中部に位置する、豊かな自然に囲まれた「養父市」。県民にとっては学生時代にスキー合宿や林間学校などで訪れる場所としておなじみですが、全国的には「難読地名のまち」として知られています。そこで養父市役所産業環境部・商工観光課の奥藤啓(おくとうけい)さんに、地名の由来や市の取り組みなどを聞きました。
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開口一番、「一発で“やぶし”と読んでもらえることはなかなか無い」と奥藤さん。読み間違いで一番多いのは「ようふし」だとか。関東圏の人には「ちちぶし」「やようし」と間違われるそう。ちなみに養父市は2004年以前には4つの町に分かれており、八鹿町(ようかちょう)・関宮町(せきのみやちょう)は難読地名として知られていました。
そもそもなぜ“養父”なのでしょうか? これを紐解くには相当大昔まで遡ります。奥藤さんによると「717年以前に成立したとされる『播磨国風土記』には夜夫郡(やぶぐん)と記されていました。ですが、737年の『但馬国正税帳』には養父郡養父神(養父神は養父神社のこと)と書かれています。現在でも“やぶ”を冠する地名や施設が多くあり、断定はできないものの、書物で伝えられる以前から根付く歴史ある名称だと考えられます」とのこと。
そこで同市が取り組むのが「養父市 なにかと読めないまち」プロジェクト。「市名を正しく読んでもらえないこと」「通常の概念にとらわれず奇抜で先駆的に何事にも挑戦したいという思い」がきっかけとなり、2015年からスタートしています。

「読めないことをポジティブにとらえて、みんなにおもしろく知ってもらおう! 」がコンセプトの同プロジェクト。インパクトたっぷりのロゴをひっさげ新聞告知・SNSをはじめ市発行の冊子、さらには職員の名刺にいたるまでさまざまな媒体を通して市をPRしています。
「当プロジェクトがきっかけで話が盛り上がったり、松尾芭蕉の弟子・森川許六が記した『やぶ医者』の語源が養父市であることに対して興味を持ってもらえたり……反響を徐々に感じています」と奥藤さんは心境を話します。
同市では他にも地域を盛り上げるために様々なことにチャレンジしてきました。「国家戦略特区事業への指定」「北近畿豊岡自動車道の開通イベント開催」「子育て支援」「移住・定住の促進」など、人々の暮らしを豊かにしたいという思い・意欲がひしひしと伝わってくる取り組みばかり。11月には但馬牛・朝倉山椒・米など、養父市の食の魅力を全面に押し出したイベントも開催するそうです。
「今後も“読めないまち”をキーワードに、多様な魅力を掘り下げていきたい。そしていつか“誰もが読めるまち”になれば」と奥藤さんは意気込みを表明し、インタビューを締めくくりました。
(取材・文=長塚花佳)
※ラジオ関西『Clip』水曜日 2025年7月9日放送回より





