ネオ昭和アーティストの阪田マリンが自身の担当するラジオ番組『Clip』(ラジオ関西、月-木午後1時~)で、昭和に愛された動物たちを紹介しました。

1950年代なかばの高度経済成長期から昭和後期にかけて、この時代には数多くの動物たちがブレイクしました。
まずは、日本中が大いに盛り上がった、パンダ。1972年、日中国交正常化を記念して、中国から上野動物園(東京)にジャイアントパンダの「カンカン」と「ランラン」が贈られました。この出来事は日本中で大きな話題となり、動物園には連日多くの人が訪れ、長蛇の列ができていました。
人々を魅了したのは、パンダの愛らしい姿とおっとりとした動き。まさに、パンダブームのはじまりといえるのではないでしょうか。
当時は、いまと比べて関西から東京へ行くハードルが高かった時代。「パンダを見た」という友人を羨む人も少なくなかったといいます。
日本ではこれまで、40頭以上ものパンダたちがその愛らしい姿で私たちを楽しませてくれました。
2024年、“神戸のお嬢様”として親しまれた神戸市立王子動物園(兵庫)の「タンタン」(28歳)が天国へと旅立ちました。今年6月28日には、アドベンチャーワールド(和歌山)で飼育されていた4頭のジャイアントパンダが中国へ帰国。
現在、日本で会うことのできるパンダは、2021年に上野動物園で生まれた「シャオシャオ」「レイレイ」の2頭のみとなりました。その2頭についても、来年2月には中国への返還が予定されているため、日本でパンダを見られなくなる可能性が高まっています。
平成になってからのことではありますが、パンダにまつわる話としては、1994年にアドベンチャーワールドにやってきた「エイメイ」の繁殖力の高さも有名でした。なんと、2001年から20年の間に計16頭もの子どもを残しているのだとか。これは、中国以外での繁殖実績として世界最多だといいます。そのエイメイも2023年に中国へと帰っており、今年1月に亡くなったそうです。
ちなみに、番組パートナーのサマンサ・アナンサ情報によると、アドベンチャーワールドのパンダは大阪府岸和田市の笹を食べていたとのこと。
話は、昭和時代に愛された動物たちについての紹介に戻ります。じつは、エリマキトカゲもこの時代に活躍した動物として知られます。
ブームが訪れたのは、昭和60年代(1980年代中期)。独特でユーモラスな生態を持つエリマキトカゲに注目が集まったのは、当時大人気だったテレビ番組『わくわく動物ランド』(TBS系列)のなかで動物学者・千石正一さんに紹介されたのがきっかけでした。その後、自動車のCMに起用されたことで一躍人気者となりました。
エリマキトカゲには、身の危険を察知すると皮ふを広げて顔を大きく見せ、相手を威嚇する習性があります。エリを広げて走る姿は非常にインパクトがあり、子どもたちがジャンパーを上に広げてマネする姿がよく見られました。
ちなみに、マリンもサマンサもエリマキトカゲは苦手なのだそう。






