近代日本洋画を代表する1人、小出楢󠄀重(1887~1931年)の大規模な展覧会「小出楢󠄀重 新しき油絵」が大阪中之島美術館(大阪市北区)で開かれている。小出の本格的な回顧展は四半世紀ぶり。画家の代名詞である裸婦像などの油彩画とともに、ガラス絵や本の装丁などを紹介、多分野で才能を発揮した43年の生涯をたどる。11月24日(月・振休)まで。

小出は大阪の薬屋に生まれた。東京美術学校(現・東京藝術大)卒業後、大阪に戻り、二科展で新人賞を受賞。ヨーロッパ遊学などで研鑽を積み、1924年、鍋井克之らとともに大阪に「信濃橋洋画研究所」を開設。後進の指導にも力を入れた。日本人女性をモデルとした独自の裸婦表現を追求し、とりわけ晩年、数多くの裸婦像を描いた。
展示は「画家になる前」「大阪での創作と欧州への旅」など、小出の人生をなぞりながら進む。美術学校の卒業制作から1919(大正8)年、二科展の新人賞を獲得した「Nの家族」(重要文化財)、1921(同10)年夏より約半年間滞在したヨーロッパで描いた書簡のイラストなど、若き日の挑戦と模索が伝わる作品群の後、「帽子をかぶった自画像」(1924[同13]年)が登場。垢抜けた洋装に身を包んだ画家が絵筆とパレットを持ち、見る者に視線を投げかけるさまは、それまでの作品とは異なる、突き抜けたような明るさを放つ。日本人である小出が試行錯誤しながらたどり着いた、油絵の新境地だったことが伝わってくる。


「新しい油絵」を追求し続けた一方、小出は他の分野でも才能を発揮した。たとえばガラス絵。ガラス絵とは透明なガラス面の上に絵を描き、反対の面からガラスを通して鑑賞する絵画で、絵具をのせる順番が通常と逆であるなど、制作者は高度な技術を要求される。小出はガラス絵の美しさに魅了され収集するうち、自らも作品を手掛けるようになっていった。随筆には、ガラス絵制作を息抜き的なものと書いたが、実際はかなり熱を入れていたようだ。会場では小さな額に収められた味わい深いガラス絵14点を観賞できる。

小出は、小説の挿絵や本の装丁でも定評があった。代表的なのは谷崎潤一郎の「蓼喰(たでく)ふ蟲(むし)」。谷崎をして「私は楢󠄀重君の素晴らしいさし絵に励まされつつ書きつづけ」たと言わしめた挿絵は、墨の線で余白を残しながら描かれた。展示では、赤と青を対比的に用いた、シンプルなデザインの単行本が紹介されている。一方、小出は文才にも秀で、美術雑誌の記事やエッセーも書いた。日本の洋画家として真摯な文章でつづった「油絵新技法」のほか、父の思い出、地元の祭りなどについて軽妙かつ視覚的な描写で書いた随筆は、名文として人気を集めた。






