「22世紀を見る君たちへ これからを生きるための『練習問題』」(講談社現代新書)。この書を著したのは、劇作家の平田オリザ氏だ。劇作、演出活動の一方、各地の大学でコミュニケーション教育に関わり、兵庫県豊岡市で2021年春に開学を目指す「兵庫県立国際観光芸術専門職大学」の学長候補にもあがる平田氏が、近年の大学入試改革を振り返りながら、グローバル化など変化の真っただ中にある日本の教育について考え、コミュニケーションに焦点を当てながら、22世紀を生きる子どもたちにとって「大切な能力とは何か」を問いかけている。
大学入試は2020年度から大学入学共通テストが開始されるが、英語民間試験や記述式問題、主体性を評価する方法などを巡って今も論議が続いている。何のための改革なのか。平田氏は、「改革されるべきは全国共通の試験だけではない。入試改革をテコにして、高校と大学の授業カリキュラムに変革を迫ろうとするもので、問われているのは新しい学力観だ」と主張する。
大学志願者数が、大学の総定員数を下回る「大学全入時代」。特定の大学にこだわらなければ、誰もが大学へ行ける時代になった。しかし、大学と学生を取り巻く環境は激変している。
平田氏は、「会話」を「価値観や生活習慣が近い親しい者同士のおしゃべり」、「対話」を「あまり親しくない者同士の価値観や情報のすり合わせ」と区別したうえで、子どもたちの未来を次のように展望する。
平田氏によると、日本は、古来、分かり合い、察し合い、空気を読み合う“ムラ社会”であり、「対話の文化」が根付いていない。子どもたちは、そんな日本に生まれ、地域との関係が希薄な核家族の中で育ち、学校という同世代のみに限定された人との交わりの中で成長する。
しかし、ひとたび社会に出れば、そこはグローバル化が進み、言語も宗教も価値観も違う国際社会で、異なる考えや意見をすり合わせながら新しいものを作り出す「対話の文化」の世界が待っている。仮に日本にとどまっても、産業は黙々とモノづくりに励んだ1次、2次産業から、対人サービスが中心の3次産業へと高度化していく。1次、2次産業に求められる能力も変わり、人工知能とのコミュニケーションなど、これまでにない世界が待っている。
平田氏は、これまで国立や私立の大学で演劇手法をつかったコミュニケーション教育に携わり、新しい選抜試験の創設にも関わってきた。「演劇が観客に伝わるには、登場人物の中に価値観や背景が異なる他者を必要とする。演劇は会話ではなく、対話の構造を必要とする。それが、これからを見据えたコミュニケーション教育に演劇が有効な理由」と述べる。
大学入試試験については、「7割は知識や技能を問う従来型の基礎学力でいいとしても、残りの3割が間違いなく重要性を増していく」と指摘。例えば、極限の世界でお互いに命を預け合えるクルーを選ぶNASA(アメリカ航空宇宙局)など、多様な尺度で多様な能力を見る選抜システムが各国で生み出されている実情にふれながら、知識偏重から抜け出せない日本の入試制度の問題点を指摘する。
「『努力』や『根性』『従順さ』も大事なのだろうが、『主体性』や『多様性』『協働性』『表現力』などの方が、21世紀の日本社会と国際社会を生きる上では、少なくとも同等かそれ以上に必要なものとなっていく。人生にとって必要な能力が変化しているのに、受験がそのままでいいわけがない」と危機感を募らせる。しかもこれらの能力は、「2、3年の受験対策で身に着くものではなく、子どもころから少しずつ身に着けていかなければ定着しない」として、初等中等教育の重要性についても触れる。
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