兵庫陶芸美術館(兵庫県丹波篠山市)では、同館が所蔵する多彩な丹波焼を紹介する特別展「丹波焼の美―田中寛コレクションを中心として―」を開催している。展示を担当した同館の萩原英子学芸員に展覧会の背景や作品の特徴などについて解説してもらう。
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兵庫陶芸美術館は、「全但バス」社長を務めていた田中寛氏(1904~81年)が1966(昭和41)年に創設した「財団法人兵庫県陶芸館」からの寄贈および購入による陶磁器を中心として、2005(平成17)年、丹波焼の里に開館しました。このコレクションは、丹波焼をはじめ、兵庫県内でつくられたやきものを中核としたもので、これらを「田中寛コレクション」と名付けました。当館では、田中氏の収集した陶磁器の数々と財団法人兵庫県陶芸館の活動を後世に伝えていくことにしています。
コレクションの大半を占める丹波焼は、平安時代末期に常滑焼(愛知県)など東海地方の窯業技術を取り入れて誕生し、中世には壺(つぼ)、甕(かめ)、摺鉢(すりばち)を中心に無釉の焼締陶器を生産しました。この時期につくられたものは、焼成によって茶褐色に発色した土肌や窯の中で燃料の薪の灰が器肌に降りかかり、それが溶けてガラス化することによって現れた鮮緑色の自然釉が見どころとなっています。
近世には、窖窯(あながま)から登窯(のぼりがま)へと窯の構造が転換するとともに、土部の塗土(ぬりつち)、灰釉や栗皮釉、石黒釉の施釉など、多彩な装飾技法を取り入れて、色鮮やかな世界を展開しました。江戸時代前期には、赤茶色に発色する赤土部や緑がかった褐色の灰釉が器面を彩りました。江戸時代中期には、茶色の栗皮釉や漆黒の石黒釉が生み出されました。
また江戸時代後期には、精緻な薄手の器に白土を塗土した白丹波がつくられました。各時代の求めに応じて変化してきた丹波焼は、2017(平成29)年に日本六古窯の一つとして日本遺産に認定され、翌年には田中寛コレクションの丹波焼が兵庫県指定重要有形文化財に指定されました。
開館20周年を機に開催した本展では、田中寛コレクションを広く紹介するとともに、田中氏が情熱を注いで現代に伝えた丹波焼の魅力に迫ります。
丹波焼は、土肌の微妙な色合いの変化、窯の中の炎の勢いによって生じる自然釉の多彩な表情、赤土部と呼ばれる器面に表れた鮮赤色のグラデーションなどに加え、灰釉や栗皮釉、石黒釉など各種釉薬の発色、白い器肌の白丹波など、さまざまな魅力を持っています。素朴で味わい深く、現代の感覚にも通じる薄造りの洗練された形など、多種多様な装飾技法・造形も見どころです。
最初にご紹介するのは鎌倉時代「壺 銘 猩々(つぼ めい しょうじょう)」です。紐状にした粘土を積み上げて成形した痕跡が器面にくっきりと残っています。焼成の際、窯の火が強く当たって器肌がやけどのように膨らんだ「火膨れ(ひぶくれ)」と呼ばれる瘤が所々に表われ、野趣に富んだ力強い造形を生み出しています。胴部に大きく「大」の彫銘があります。




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