63歳で、長年の夢だったという花屋を開業したえはらはるこさん(@fleurir87)。「やっぱりお客さんが来ない、、」から始まる、花屋の厳しい現状と素直な気持ちを綴ったThreadsの投稿が6万いいねを集めて話題になりました。「たった1つの投稿で世界が変わった」というえはらさんに、話を聞きました。

猛暑が始まった昨年8月、お客さんが1人も来ない日もあり凹む気持ちもあったというえはらさん。「愚直に今できることを精一杯やろう」と、思い出深い花の写真をセレクトし、3時間かけてSNS用の動画を制作。InstagramとThreadsに以下の文章とともに投稿しました(文章は一部略・編集)。
「やっぱりお客さんが来ない、、花屋経営はなかなか難しい。63歳、意を決して始めた花屋さん。30年来の夢の実現でした。
プレオープンから半年、暑くなり、めっきりお客さんも少なくなりました。だけど、お客さんが来る来ないにかかわらず、朝2時半に起き、毎週金曜日は花市場へ車を走らせる。
”自分との約束”を守りたい。1年間は、毎週市場に行くと決めてスタートした花屋。今できることを愚直にやり続けるしかない!
ずっと長年やりたくても、できなかった花屋さん。やっぱり簡単じゃないわー…!だけど、生まれ変わったとしても『花屋に挑戦したい!』と今も思う。
私にとっては難しい難題だけど、それ以上に魅力のある『お花達』♡そんな気持ちにさせてくれるお花には大きな力がある」
投稿には、60代でチャレンジしたことへの称賛や応援の声、花屋経験者からのアドバイスなど1200件を超えるコメントが続々と寄せられ、反響に比例してえはらさんのお店を実際に訪れるお客さんも日に日に増えたそうです。えはらさんに花屋開業までの経緯や、反響後の変化について話を聞きました。
花屋は「天職だ」と直感…しかし、ライフスタイルの変化で果たせなかった夢
ーー花屋開業に至る経緯や略歴を教えてください。
「物心ついた頃から植物が好きで、植物オタクでした。幼少期から農学部を志し、進学したものの就職は花とは無縁の業界に。その後結婚、出産を経て、花屋のアルバイトを始めたところ、『これだ!』と初日に感じました。天職だと思ったのです。幼少期の花絡みの思い出が走馬灯のように思い出され、胸がキュンとなり……あの日のことを今でも覚えています。
そこから花三昧の日々になり、気づいたときには無店舗花屋をスタート、そのまま花屋開業を目指していたものの、子どもが9歳のときに悩んだ末、離婚。花の仕事で自立する自信がなく、生計のために泣く泣く色彩の講師に転身しました。
花に詳しかったことから、次第に”花のカラーコーディネーター”が肩書きに。色彩研修や講演を全国で行うようになり、現在も実施している『バラ診断』は、岐阜大学との共同研究を礎にオリジナルで開発しました。

娘の大学費用を稼ぐために多肉植物の『コケぴよ』というヒット商品の企画開発にも携わり、無事に娘は東京の私立美大を卒業することができました。私の人生での誇りは、講師として、自身が学生時代に学びたかった授業(園芸色彩学)を教えることができたことと、不可能を可能にしてくれた『コケぴよ』の販売です。
母子家庭でいつもお金が心配だった中、必死で頑張り、子育て卒業後は親の介護も経験しました。還暦を意識する頃からは、『後悔のない人生にしたい』という一心で、『やるなら今しかない!』と花屋を開業しました。私の理念は、『花色で生きるパワーを咲かせます!』好きな花から自分を知り、いきいきと自分を生きる人を増やしたいという思いで、数年前から花色コーチングも行っています」





