元フォーク歌手の滝本洋子さんが、シンガーソングライターの川嶋あいさんがパーソナリティーを務めるラジオ番組『明日への扉〜いのちのラジオ+〜』(ラジオ関西)に出演。波乱に満ちた人生と現在の心境について語りました。

1970年代、「中村洋子」の名でデビューを果たした滝本さん。TBSドラマ『赤い靴』の主題歌を担当するなど、華やかな活躍をみせました。
その後、結婚を機に芸能界を引退。「かわいいエプロンの似合う、いい奥さんになりたい」と、理想の家庭を築くことを夢見て新たな人生を歩みはじめました。
しかし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
滝本さんの幼少期は、決して穏やかなものではなかったといいます。実家は従業員約60人を抱える会社を経営していましたが、高校生のころに突然倒産。父親は失踪し、家庭は崩壊状態に陥りました。そうした経験から、「普通の平凡な家庭」への強い憧れを抱くようになったと振り返ります。
結婚後は理想の妻であろうと懸命に努力しましたが、自分の思いを押し殺し続ける生活は次第に限界を迎え、15年後に離婚。家庭の崩壊は、両親や元夫に対する怒りを増幅させました。
離婚後、「怒りの感情をどうにかしたい」と、滝本さんは筆を手に取ります。画用紙に向かって、心のなかの言葉をそのまま「バカ野郎!」と何枚も何枚も書き殴りました。
すると、不思議なことに、書き続けるうちに心は静まり、その言葉はやがて「詩」へと変化していきました。これが、後に滝本さんが創作する“我書アート”の原点になったといいます。
さらに、人生の試練は続きました。離婚に加え、最愛の娘を自死で失うという深い悲しみにも直面します。「親として、これ以上ないほどの苦しみ」を味わいました。それでも現在、滝本さんは穏やかな表情でこう語ります。
「いま振り返ると、私の人生は本当にエキサイティングでした」(滝本さん)
その境地に至るきっかけは、「“もう1人の自分”という視点を持つことだった」といいます。
「自分はたった1人しかいないと思いがちですが、それを見ている“もう1人の私”がいる。その視点を持つだけで、意識が広がり、世の中の見え方が変わるんです」(滝本さん)
かつては、「彼が悪い」「娘が勝手にいってしまった」と外側に原因を求めていたそうですが、自分自身との対話を重ねるなかで、「すべては自分を成長させるための大切な体験だった、と受け止められるようになった」といいます。





