幻の鉄道独立国は今 JR鍛冶屋線廃止から30年 「カナソ・ハイニノ国」全長13.2キロを追想ウオーク

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 兵庫県西脇市と旧多可郡中町をつないだJR鍛冶屋線が、1990(平成2)年3月31日を最後に廃線されて丸30年が経った。西脇市の日野北バイパス開通に伴い、線路跡をたどる全長13.2キロの遊歩道の整備が一段と進んだ。廃線とともに消滅したミニ独立国「カナソ・ハイニノ国」を思い起こしながら歩いた。

鍛冶屋線記念館が立ち、キハ30形車両が展示されている鍛冶屋駅跡=兵庫県多可町中区鍛冶屋
鍛冶屋線記念館が立ち、キハ30形車両が展示されている鍛冶屋駅跡=兵庫県多可町中区鍛冶屋

「カナソ・ハイニノ国」。旧国鉄が赤字ローカル線の廃止を進めていた1984 (昭和59)年、当時の中町商工会青年部有志が鍛冶屋線存続運動の象徴として建国した。旧中町側から鍛冶屋-中村町-曽我井-羽安-市原-西脇-野村の全7駅の頭文字を取った。

 同時に憲法も制定。「私たちは鍛冶屋線を地上から永遠に追放しようと企てている国際社会において、名誉ある地位を占めたい」と前文にうたった。領土は同線13.2キロ。月に1回の乗車を国民の義務とした。一口2千円の“国債”も発行して活動資金に充てた。

 ウオークは、鍛冶屋駅跡に立つ鍛冶屋線記念館を出発進行。「歩っ歩(ぽっぽ)の道」と名付けられた、いかにも線路跡らしい真っすぐなコースを歩む。「♪汽車 汽車 ポッポポッポ シュッポ シュッポ シュポッポ…♪」。同駅近くには金刀比羅神社がある。11月の例祭「こんぴらさん」は播州三大祭りと呼ばれ、往時は臨時列車が増発されたと聞く。

 多可赤十字病院を過ぎ、杉原川に架かる鉄橋を渡る。高級酒米・山田錦発祥の地をPRする「加藤登紀子日本酒の日コンサート」が毎年開かれている多可町文化会館ベルディーホールを右手に見て程なく中村町駅跡に着いた。一帯は多可町の中心地。跡地は「あかね坂公園」として整備された。機関車をイメージしたモニュメント「ゆめ列車」があり、小休止。

中村町駅跡の「あかね坂公園」にあるモニュメント「ゆめ列車」=兵庫県多可町中区中村町
中村町駅跡の「あかね坂公園」にあるモニュメント「ゆめ列車」=兵庫県多可町中区中村町

 再び歩きだし、左にカーブして曽我井駅跡へ。次の羽安駅跡手前から、日野北バイパスに沿う2キロ余りの直線コースには4か所、春夏秋冬それぞれの星座解説盤が設置されている。西脇市には地球・宇宙をテーマにした科学館「テラ・ドーム」があるからだ。鍛冶屋線市原駅記念館が立つ市原駅跡から西脇駅跡までの区間は、市街地を通り抜ける。ウオーキング終点の野村駅跡は今、加古川線のJR西脇市駅となっている。

曽我井駅跡=兵庫県多可町中区曽我井
曽我井駅跡=兵庫県多可町中区曽我井
公園に整備された羽安駅跡=西脇市羽安町
公園に整備された羽安駅跡=西脇市羽安町

「カナソ・ハイニノ国」の官房長官を務めた元眼鏡店主の小嶋明さん(72)は、熱く盛り上がった当時をこう振り返った。「鍛冶屋線存続という目標は達成できなかったが、一連の運動の手法はその後のまちづくりに生き残った。運動を通じた異業種交流のネットワークが『山田錦発祥のまち』をアピールする、まちづくり活動などの基盤になった」

大正期建築の洋風駅舎を復元した鍛冶屋線市原駅記念館。右隣はキハ30形車両=西脇市市原町
大正期建築の洋風駅舎を復元した鍛冶屋線市原駅記念館。右隣はキハ30形車両=西脇市市原町

【メモ】

鍛冶屋駅跡から歩く場合は、JR西脇市駅から「鳥羽上」行き、または、「山寄上」行きの神姫グリーンバスに乗車して「鍛冶屋」下車。鍛冶屋線記念館は改札鋏や行先標、腕章、帽子、当時の時刻表、「さようなら鍛冶屋線」のヘッドマーク、運行の歴史を物語る写真などを展示。ふだんは閉鎖されており、見学するには事前に多可町商工観光課(電話0795・32・4779)に申し込みが必要。その際「スタンプ希望」と伝えると、全7駅の記念スタンプを押印できる。鍛冶屋線市原駅記念館もさまざまな資料を展示しているほか、切符売り場が当時のまま残っている。開館は午前9時から午後5時まで、月曜休み(月曜が祝日の場合は翌日が休み)。両館とも無料。

当時の運行車両キハ30形が市原駅記念館に2両、鍛冶屋線記念館に1両、屋外展示されている。ウオーク全般に関する問い合わせは西脇市建設総務課(電話0795・22・3111)、多可町建設課(電話0795・30・0855)。

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