アクシデントは「自分を成長させる試練」 F4デビュー・ウインのJujuに聞く(上)

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 デンマークで2020年6月に開幕した「F4 Danish Championship(デニッシュ・チャンピオンシップ)」第1戦で、日本人最年少のフォーミュラ・カー・ドライバ―として見事デビュー・ウインを果たしたJujuこと野田樹潤さん(14)。第3戦では前を走るマシンを次々に抜いていくオーバーテイク・ショーを繰り広げ、アグレッシブな走りをファンの目に焼き付けた。鮮烈なデビュー戦を振り返ったインタビューを2回にわたってお届けする。

日本人最年少のフォーミュラ・カー・ドライバ―として見事デビュー・ウインを果たしたJuju。
日本人最年少のフォーミュラ・カー・ドライバ―として見事デビュー・ウインを果たしたJuju。

――ヨーロッパのデビュー戦。日本でのレースとどこが違いましたか。初めて対戦したヨーロッパのレーサーについて感じたことは?

【Juju】10代の若い選手が大勢いて、立派なチームもたくさんありました。若い選手は、F1やルマンなどトップカテゴリーを目指している選手も多く、走りに気迫を感じました。女性ドライバーは私の他に2名いました。

――第1戦はポールポジションから見事優勝。第2戦はリバースグリットで8番手からのスタート。上位に入り、第3戦のポールポジションを獲得したはずが、タイヤの装着ミスで失格に。第3戦はポールポジションどころか12番手からのスタートとなりましたね。ショックだったのでは?

【Juju】最初、失格のことを聞いたときは、愕然としました。タイヤの消耗なども考えて、完璧な内容で第2戦を終えた直後だったので、とてもうれしい気持ちが一転しました。父は「足を引っ張ってごめん」と言っていましたが、こんな事はよくあることと、切り替えました。

――どうやって気持ちを立て直したのですか。

【Juju】何かが起きる時は「その時々に意味があって、そうなっている」と考えるようにしています。その試練を乗り越える事ができれば、自分をさらに成長させてくれるだろうと思い、気持ちを切り替えました。

コロナ禍による度重なるレースの延期などアクシデントを乗り越えてデビュー・ウインをかなえたJuju。
コロナ禍による度重なるレースの延期アクシデントを乗り越えてデビュー・ウインをかなえたJuju。

――12番手からのスタートとなったことで、結果的にはバトルに対するJujuの潜在能力が開花したとも言えますね。結果は猛烈なオーバーテイクの末の3位でした。前の車を追い上げる中で、後続車の度重なるアクシデントでセーフティーカーが入るなど思うよういきませんでしたね。

【Juju】日本でもセーフティーカー導入で、築きあげていたリードがなくなったり、スピンをして順位を落として、それから逆転したりという経験はしたことはあります。

――本来なら15分プラス1周で速さを競うレースが、事故処理の間、セーフティカーが入ったことで、結果的には8分程度になってしまいました。「早く抜きたい」「でも時間が過ぎていく」という状況の中で、焦りのようなものはありませんでしたか。

【Juju】無我夢中で走っていましたし、レースを楽しんでいたので焦るという気持ちはありませんでした。ただトップを狙っていただけに度重なるセーフティーカーで残り時間が無くなって行くことは悔しかったです。

――一緒にマシンを仕上げてきたチームについてお聞きします。コロナの影響でマシンを調整するシェイクダウンは限られた時間で苦労したと思います。チーム内での信頼関係やコミュニケーションなど、感じたことを教えてください。

コロナの感染防止からチームの人数にも制約が。マシンの調整は夜遅くまで続いた。
コロナの感染防止からチームの人数にも制約が。マシンの調整は夜遅くまで続いた。

【Juju】コロナの影響で、本来合流する予定だったスタッフが来られなくなり、メカニックさんにたくさんの負担がかかりました。それでも毎日勝つための準備を惜しみなくしてくれました。それをそばで見ていたので、自分ができることは「そのマシンを誰よりも速く走らせること」と思い、そのことに集中しました。それぞれのチームのポジションで、精一杯やれる事を実行することで、互いのモチベーションを向上させていったと思います。まさにチームワークの勝利だったと思います。

≪(下)に続く≫

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