新型コロナウイルス感染拡大の不安が世界中を覆った2020年。日本では江戸時代に流行した病魔除けの妖怪「アマビエ」が話題となったが、兵庫県姫路市の日本玩具博物館の所蔵品には、病魔の退散と、平癒を願う江戸時代の民間信仰が、形や色、文様に表現された玩具が多くみられる。
同博物館が所蔵する郷土玩具のうち、サルや馬、牛、犬の動物玩具の中には、赤く彩色されたものが数多くある。「赤い色に特別な霊力がこもるとして神聖視する感性は、縄文時代にはすでにあったとされ、長く日本に受け継がれてきました。江戸時代後期においては、疱瘡(天然痘)除けの玩具の中に赤への民間信仰が表現されています」と説明するのは、同博物館の尾崎織女・学芸員。
奈良時代に大陸から持ち込まれたとされる疱瘡は、予防法である種痘が行きわたる明治時代中ごろまで、千数百年にわたって日本人を苦しめた。江戸時代の絵図や文献には、疱瘡にかかった子どもを助けるため、赤が持つ力を信じた療法の記録が残る。
尾崎学芸員は解説する。
「江戸時代の絵図や文献を見ると、病室には赤い屏風を広げ、疱瘡にかかった子ども、看病する親も赤い着物をまとっています。子どもの傍らには闘病を励ますように赤い張子の玩具が置かれています。このような病室における赤尽くしは、赤を好むとされた疱瘡神を喜ばせるため、または赤の呪力によって疱瘡神を退散させるためとも解釈されてきました」
そんな疱瘡除けの赤い玩具の中に「ミミズク」がある。江戸時代に達磨(だるま)とともに盛んに贈答された張子で、ランランと見開いた目は、疱瘡の高熱による失明除けのまじないとされている。「ミミズクにしては長すぎるウサギの耳のような羽角は、飛び跳ねるウサギのように元気に回復しますように、という願いでしょうか。ミミズクにウサギのイメージが重ねられているのは、ウサギの血肉を食べさせると疱瘡から回復するとされていたことと関わりがある、という研究者もいます。胸に描かれた火炎宝珠の文様は仏の法力を象徴しており、人形が土人形ではなく張子なのは、病気が軽くすむようにという祈りが込められていると思われます」(同学芸員)。
こうした江戸の人々の信仰を伝える赤いミミズクも、予防法の種痘が普及するとともに廃絶したという。「死を免れても高熱によって失明したり、深刻な後遺症が生じたりして、疱瘡が人々の人生に与えた影響の大きさはどれほどのものだったでしょう」。赤い張子の玩具たちを前に、尾崎さんは当時に思いをはせる。
時は移り、現代は世界中に広がり、収まる気配を見せない新型コロナウイルスの不安の中にある。赤い玩具たちは時代を越えてなお、病魔退散を願う人々の思いを物語り続けている。「疱瘡除けの玩具たち」は、同博物館常設展示室4号館で2021年2月末まで展示されている。
◆日本玩具博物館
兵庫県姫路市香寺町中仁野671-3
電話 079-232-4388
開館時間 10:00~15:00
休館日 水曜、年末年始(12月28日~1月2日)
https://japan-toy-museum.org/