明智光秀ゆかりの地として注目される兵庫・丹波について、歴史をはじめ多目的に取り上げる『ラジオで辿る光秀ゆかりの兵庫丹波』(ラジオ関西)。2021年1月28日放送回のテーマは「丹波篠山市のまとめ」です。
多くの皆さんの協力のもと、広範囲にわたるロケや地元の方々のお話、「兵庫・神戸のヒストリアン」として活躍する田辺眞人・園田学園女子大学名誉教授の歴史レクチャーなどで進めてきた番組も、終盤に差し掛かりました。今回は番組の総括<その1>として、光秀と深いかかわりのあるまち、丹波篠山市についてのトークを振り返ります。
◆「丹波篠山市は旧多紀郡ですね」
(2020年4月16日放送回)
丹波国は6つの郡のうち桑田、船井、天田、何鹿(いかるが)が京都府。西の多紀郡と氷上郡が兵庫県です。平成の大合併で多紀郡の部分が合併して当初、篠山市に。元号が令和になった2019年5月からは、改名して丹波篠山市になりました。
京都から古代の山陰道が西に進んで天引峠で多紀郡(現:丹波篠山市)に入り、そこから西に進んで八上城の麓あたりで、西北に向きを変え、鐘ケ坂峠を越えると多紀郡が終わって氷上郡(現:丹波市)に入る広い地域です。今から200年ほど前(天保年間)の調査では旧多紀郡には114の村がありました。石高が5万2150石。この多紀郡ひとつで中規模の大名です。
◆「篠山の城下町が印象的。まけきらい稲荷にもお参りしましたね」
(2020年6月4日、6月11日放送回)
貴人南面という思想があり、通常は南向きのはずのお城が、篠山城は北向きに追手門があります。北向きの城というのは珍しいですね。篠山城の東の小高い丘に「王地山まけきらい稲荷」があります。あの小高い丘も八上から平地へお城を移すという時のひとつの候補にはなったというところです。
※今回、話題に上った放送回を記しました。この他にも番組では丹波篠山市にまつわるお話をたくさんご紹介しました。お世話になった皆さまに心から感謝申し上げます。ぜひ、ラジトピ一覧でも振り返ってみてくださいね。
『ラジオで辿る光秀ゆかりの兵庫丹波』2021年1⽉28⽇放送回音声