《東日本大震災10年(1)》定点観測で聞こえた「復興への足音」日本地震学会・西影裕一さん

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 宮城県・気仙沼市の海岸部には大型の魚市場がある。いずれの建物も壁がぶち抜かれ、鉄骨がむき出しになっていた。私はここで、ふと日本の産業について考えた。日本では鉄鉱石は採れないため、すべて輸入に頼っている。輸入するためにはお金がいる。しかし、これだけ大量の鉄製品が日本にあるのはなぜか。

宮城県気仙沼市の漁港倉庫 鉄骨がむき出しに<2013年9月10日撮影>

 それは現在70~90代の人たちが若かりし頃必死に働き、いわゆる高度経済成長を築いて日本が豊かになったからである。先人に感謝するほかない。

宮城県名取市・東日本大震災から約2か月後の田んぼ<2011年5月3日撮影>   
宮城県名取市・震災から約4年後の田んぼ<2015年3月7日撮影>

 調査はあくまでも定点調査。同じ場所がどのように復旧していくかを調べてきた。すると、そのスピードが大変早かったことに驚いた。1回目の仙台空港周辺の田圃を見たとき、復旧にはずいぶん時間がかかるだろうと思っていた。それは膨大なゴミの他に有害な重金属を含む海砂が広大な田んぼ一面を覆っていたからであった。しかし、2年間で田んぼの土はすべて掘り返したうえで入れ替えられていた。あまりにも早い進展に感嘆した。

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 3月11日も東日本大震災10年(2)「災害対策に終わりなし」日本地震学会・西影裕一さんの手記を掲載予定。

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