兵庫県姫路市香寺町の日本玩具博物館で初夏の特別展「端午の節句~武者人形と甲冑飾り~」(2021年6月27日まで)が始まった。ただ、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が兵庫県に発出され、同館は5月11日まで臨時休館となった。博物館に足を運べなくても展示を鑑賞することができるリーモト・ミュージアム・トーク。学芸員の尾崎織女さんに鯉のぼりの歴史について解説してもらった。
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奈良・平安時代の頃、中国から伝わった端午の節句の風習は、時代を経るにつれて日本人の季節に対する観念や信仰などを取り込んで発展をみましたが、もともとは季節の変わり目の厄除け行事です。
今年は、病魔除けへの切なる願いを込めて、初夏の特別展「端午の節句~武者人形と甲冑飾り~」を開催しています。展示室では勇ましい武者人形や甲冑飾りたちが、疫病神を退散させる役目を背負って展示室の中でしっかりとにらみを利かせています。また天井には、明治時代の和紙製の鯉のぼりを掲げており、迫力のある真鯉の表情に来館者の注目が集まっています。
■エドワード・S・モースがスケッチした鯉のぼり
先年、大森貝塚発見で有名なエドワード・S・モース(1838~1925)の『日本その日その日』(石川欣一訳/平凡社全三巻)を読んでいましたら、東京の町家の屋根高く泳ぐ鯉のぼりについての記述に目が留まりました。明治11(1878)年の記事で、モースはスケッチとともに以下のように説明しています。
――私は空中に漂う魚を急いで写生した。風が胴体をふくらませ、魚は同時に、まるで急流をさかのぼっているかの如く、前後にゆれる。一年以内に男の子が生まれた家族は、この魚をあげることを許される。(『日本その日その日』石川欣一訳/平凡社全三巻より)
■鯉のぼりは江戸の町で誕生した――高みを目指す真鯉一旒(りゅう)