《2021・海の日》「風、音」を見て感じて ヨットレースにチャレンジ 視覚障がいの女性・鏑木佐和子さん 障がい者国体”ハンザクラスセーリング”優勝への夢

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 東京オリンピックは7月23日に、パラリンピックは8月24日に開幕する。コロナ禍での開催の是非、開催国日本でこれだけオリ・パラに対して議論し、考えさせられたことはなかった。とりわけパラリンピック開催に対する障がい者の思いはひとしおだ。

 こうした中、10月開催の第21回全国障害者スポーツ大会「三重とこわか大会」(第76回国民体育大会「三重とこわか国体」と同時開催、通称「障がい者国体」)に向けて初めてのヨットレースにチャレンジする女性がいる。 大阪府在住の鏑木(かぶらぎ)佐和子さん(55)は視覚障がい者。「ひとりで走れるってワクワクする」と微笑みながら話す。普段は白杖やガイドヘルパーの補助をうけての生活。元々身体を動かすことが好きでアミティ舞洲 (大阪市舞洲障がい者スポーツセンター)に通っていた。

人生初のヨットレースにチャレンジ 鏑木佐和子さん
人生初のヨットレースにチャレンジ 鏑木佐和子さん

 鏑木さんは3歳の時、ある薬の副作用により弱視になった。視力は0.01で、近くにあるものの輪郭が分かる程度。小学校から高校まで視覚支援学校に通い、その後は短大へ進学。卒業後、現在も職に就き、社会の一員として活躍する。

 子どもから年配の方々、そして障がいの有無に関係なく誰もが楽しめる海洋スポーツ。活動の拠点は大阪北港マリーナ(大阪市 此花区)。週末は、ボランティアメンバーがヨットを準備し、一般市民への体験乗艇会を行っている。 2021年5月、練習する鏑木さんの姿があった。海に浮かぶレース用のマーク浮球からは鋭い電子音が鳴動。頬に触れる風と浮球の音を見てヨットを操る。 桟橋からはボランティア達がレースに向けてのサポートをしている。

 1999 年のある日、鏑木さんは「アクセスディンギー」と呼ばれるヨットによるセーリングの活動を知ることに。アクセスディンギーは、誰でも安全に乗れるよう設計された、1~2人乗りの小型ヨット。ヨットの底の部分に重りが付いているため、転覆しない。そして手が不自由な人でも操船できるよう、電動で帆の張り具合を調節できる装置を取り付けるなど、それぞれの障がいの特性に合わせることができる。

ボランティアスタッフのサポートも心強い
ボランティアスタッフのサポートも心強い

 視覚障がい者としての日常生活の苦労は多い。「まず道を歩くとき、段差など地面の様子が分かりません。人や自転車とすれ違う時、相手と同じ側によけて、ぶつかりそうになることが多いです。信号の色が見えないので、交差点を渡るタイミングが分かりません」日常は危険と隣り合わせだ。弱視とはいえ、細かい文字の看板が見えないので、目当ての場所や店などを探すのにもひと苦労する。「目当ての建物を見つけても、出入り口のドアをなかなか見つけられず、同じ場所を何度もうろうろして、恥ずかしい思いをします。ガラス張りのお店の場合は特に大変です」。
 自宅に届いた郵便物の内容がわからず、新しく購入した電気製品などの取扱説明書が読めないので、使い方がわからないこともしばしばあった。 靴下を洗濯した時、同じ色どうしを揃えるのに苦労します。 読みたい本を買ってきても、すぐには読めない辛さ、数えたらきりがないぐらい、不自由な生活を強いられている。女性として、自分が着る洋服の上下のコーディネートができないのも悩みの種だ。

 こうした中、鏑木さんにチャンスが訪れる。2021年10月、三重国体と同時に開催される三重とこわか大会(通称「障がい者国体」)のオープン競技として、「セーラビリティ」という、アクセスディンギー、もしくは『ハンザ』というユニバーサルデザインのヨットを使って、障がいのある人はじめ、誰もが簡単にヨットを楽しめるように活動する福祉グループとセーリング仲間のレースがあり、視覚障がい選手のみで競い合うシングルハンド(1人乗り)のレースが日本で初めて行われる、そんなニュースを2021年2月、フェイスブック(Facebook)で見つけたのだ。

広大な海、気持ちゆったり 初のヨットレースへの期待と不安も<画像は明石・大蔵海岸>
広大な海、気持ちゆったり 初のヨットレースへの期待と不安も<画像は明石・大蔵海岸>

 これまでセーラビリティのヨットレースには、何度か参加したが、ほとんどいつも健常者や他の障がいを持つ方とのダブルハンド(2人乗り)だった。目が見えにくいため、シングルハンドだと、他のレース艇にぶつかりそうで恐怖感が増す。しかしこれは、同じハンデを持つ選手のみで行われるレース。互いの事情をよく知っている仲間同士でなら、あまり気を張らずに参加できそうだ。しかも、シングルハンド。これは、日頃の練習の成果を試す絶好のチャンスだと思い、すぐに参加を決めたという。そして日本で初めての試みとなるレースがどのような形になるのか、直に感じたい、という気持ちもあった。

 今回のレースに出ることを決めてから、週に1度のヨットセーリングの練習にますます熱が入るようになった。ヨットレースは大変奥が深い。海に浮かべた複数の”ブイ”(浮標)をヨットで周回する速さを競うゲームだが、弱視の鏑木さんには、遠くにあるブイは見えない。いったい、何を頼りにして、目標物のブイにたどり着くのか?

ヨットレースのポイントは「風向き」と「音」
ヨットレースのポイントは「風向き」と「音」

 それは「風向き」と「音」。 鏑木さんが説明する。
「まずは『風向き』。ヨットレースでは、目標物のブイは必ず、風上と風下に浮かべます。その2つのブイの間を往復するのですから、顔に向かい風を感じて走れば風上側のブイに、背中に風を感じて走れば風下側のブイに近付けるのです。次に『音』。目視でわからなければ、耳を、ということで、音の目印として、ブイに防犯ブザーを取り付けることにしました。このブザーの音を頼りにブイに近付いて、周回するのです」。

 三重とこわか大会で行われるレースでは「音声ナビ」が使われる。カーナビにも使われているGPSを活用したナビ装置です。これは、ブイのある方向とそこまでの距離を自動音声で伝えてくれる「優れモノ」。これがあれば、例え風が弱くて、体に感じにくい日でも、ヨットの進むべき方向がわかるので安心だという。鏑木さんは、この装置をまだ一度も使ったことがないが、これから行われる予定の練習会や、本番で体験するのが楽しみだという。

 鏑木さんはこの夏、レースに向けて、腕の筋力トレーニングに励んでいる。「ヨットをより早く走らせるためには、風に打ち勝つ腕の力とスタミナをつけて、レース当日は、とにかく体調を整えて、全身の感覚を研ぎ澄ませ、持てる力を十二分に発揮して悔いのないセーリングをしたいです。そして優勝したいです」と意気込む。またレースを通じて、他の選手の方々、同じ障がいを持ち、頑張っている仲間と交流を深めたいと、国体を心待ちにしている。

 そして「私の生き甲斐は、 自立した生活、 ヨットセーリング、愛情深い夫の存在、 目が見えにくい私が、これだけの物を持ちえたという喜び、感謝、誇り」と微笑んだ。そして「仕事をしているからこそ享受できる自由と、幸福を感じる時間が沢山あることが心の支えになっている」と話した。

海は「今の自分を超える挑戦」の舞台に<画像は神戸・須磨沖>
海は「今の自分を超える挑戦」の舞台に<画像は神戸・須磨沖>

 海が与えてくれた勇気と希望、幸福。支えてくれるボランティアスタッフや夫のために、「今の自分を超える挑戦」の舞台は秋にやって来る。

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