信州に生まれ、東京で修業を積み、京都・西陣で寿司職人の経験もある西教寺・料理長の坂田正幸さん。料理人の道50年。
日本には黄色や紫色の食用菊はあるが、坂本菊は形も繊細、栽培も管理も難しい。何より、坂本以外の土では花弁が筒状にならないという。「何といっても香りがいいですよ」。収穫期間も半月ほど。花弁が鮮やかな黄色にならなかったり、虫がついたりすることもあるため、収穫時期には自らも菊の花畑に向かう。
まず生の菊の花を丁寧にむしり、湯がく。シャキシャキした食感とするためにはこの「湯がく」作業が難しいという。「花弁がぐったりしたら、もうお客様に料理としてお出しできない。また、色が変わるのは、湯がき方がダメなんです」。鮮やかな黄色を生かすために、とても重要な下ごしらえとなる。花は栽培してすぐに食材として使わない。しばらく寝かすことが必要だという。
レパートリーにも菊の特性を生かしている。
焼酎に1年近く菊の花を漬け込んだ食前酒”菊酒”に始まり、菊なます、菊の花と葉の天ぷら、菊寿司なども坂本菊の持ち味を損なわないようにしている。マイナーチェンジも怠りなく、これまでの白和えに変えて、昨年からは小芋で作った饅頭に菊の餡(あん)をかけた「菊のあんかけ饅頭」が登場。ひじき煮にも、菊の花弁と近江特産の赤こんにゃくをさりげなく散りばめる。
「やはり女性に人気です。見栄えの良さと、菊の香りや形に惹かれるのでしょう」と坂田料理長。訪れた翌日、あまりにも感動して電話で感謝の気持ちを伝えてきた女性もいたという。
菊の天ぷらは温度調節が難しく、熱を通し、揚げすぎると花弁が茶色くなってしまう。花と葉は、それぞれ温度を変えて揚げると、味も見栄えも良くなる。