事件後の敏さんは、将太さんの命日など1年に少なくとも3回は、神戸市内を中心にビラ配りなどで情報提供を呼び掛け、解決を願い続けてきた。
「見えない敵を相手に戦っている」。敏さんは事件発生から一貫して「息子がなぜ命を奪われなければいけなかったのか、犯人は今までの年月どのように生きてきたのか、明らかにしたい」と訴え続けた。そして犯人に対して1度も「自首してくれ」とは言わなかった。「きっと捕まえに行ってやるから」と鋭い視線をそらさなかった。その一方で、犯人逮捕までは、事件が起きた日のことを思い出し、後ろを向いて、過去ばかりを見て暮らしていた自分がいたと振り返る。
今は来るべき刑事裁判に向けて、さらに判決後の未来も見据えて考えて行かなければならない。一気に180度視線を変え、考え方も変えるのは大変難しく、本当にしんどい、辛い作業だと胸の内を明かす。
これまで男から謝罪の言葉などはない。捜査関係者によると、取り調べの段階でも、そうした供述は一切なかったという。「被告には罪の意識などなく、一日一日罪を重ねている」と敏さんは憤りをあらわにした。
今度は見える敵を相手にすることになる。「今さら反省を促すようなことはしない。やっただけの罰を受けろ」と、刑事裁判には被害者参加制度を利用して出廷する意思を改めて示した。
■「さまざまなことを乗り越え、事件の真相に迫ってゆく」遺族代理人・河瀬真弁護士
敏さんら遺族に寄り添う河瀬真(かわせ・しん)弁護士は、これまでにも多くの被害者、遺族に接してきた。それぞれの事件にそれぞれの構図、事情があり、「罪を犯した犯人は、敏さん初め遺族の気持ちをないがしろにして逃げてきた。正当な罰を受けることなく一日一日暮らしてきたことが、いかに被害者、遺族を傷つけてきたのか」と諫める。事件から10年経過しての逮捕、12年目での起訴。遺族との対話の中で「この年月の重みが骨身に染みていらっしゃる。被告がまさに一日一日、罪を重ねてきたことを裁判員、裁判官に情状面でも量刑のうえでも反映されなければならない」と気を引き締めた。
被害者参加制度を使用することで、まず、真相がどこにあるのかを明らかにするために、神戸地検に対して視野を広げて証拠の閲覧などができるよう求めて行く。立証してもらいたいポイントや争点の整理など、遺族、検察官とも詰めの協議に入る。
「この制度は遺族にとって相当なエネルギーを必要とする。事件を思い出すこと自体も、法廷で被告の顔を見て直接質問することも、大変辛いこと。判決が出れば、それで何もかもが清算できるわけではない。その先の人生もある。こうしたことを乗り越えて、真実はどこにあるのか、ひとつの方向性を見出すためにサポートしたい」と話した。