昭和のテレビ、ラジオ業界に存在した「放送禁止歌」とは? さまざまな理由からメディア放送がはばかられた名曲の数々をシンガーソングライター・音楽評論家の中将タカノリと、シンガーソングライター・TikTokerの橋本菜津美が一挙紹介します。
【中将タカノリ(以下「中将」)】 昭和には「スケベすぎる」、「政治的すぎる」、「差別語が含まれる」などさまざまな配慮から放送禁止になった楽曲が多数存在しました。「放送禁止歌」という用語はあくまで俗称で正式名称は「要注意歌謡曲」 。テレビ、ラジオ各局が加盟する日本民間放送連盟が取り決めた「要注意歌謡曲指定制度」というルールで、法的な強制力はないもののこれに指定されると局や時間帯によって放送できなくなったり、まったく放送されなくなったりしました。
【橋本菜津美(以下「橋本」)】 放送禁止歌と聞くと危険な香りがしますね。
【中将】 なのですがこのルールは1983年に廃止され、現在はいわゆる放送禁止歌は存在しません(※効力は1987年まで残った)。
【橋本】 そうなんだ! いまだにあるものとばかり思ってました。
【中将】 放送に適さないワードなどのガイドライン自体は今もあるんですが、それに基づいて各局、各担当者が判断するという形に変わったんです。
【橋本】 音楽関係者でもそのあたりを知らない人は多そうですね。具体的にどんな楽曲が放送禁止歌に指定されたんでしょうか?
【中将】 今にしてみれば実に牧歌的な内容のものも指定されてるんです。たとえばハニーナイツの「オー・チン・チン」(1969)。幼い頃の男性のシンボルについて懐かしみをこめて歌った格調高いコーラス歌謡で、個人的には心が洗われるような気がするんだけど(笑)。