祇園祭・山鉾巡行に196年ぶり復興「鷹山」 その余韻を ”祇園祭~鷹山復興記念展~”京都文化博物館 | ラジトピ ラジオ関西トピックス

祇園祭・山鉾巡行に196年ぶり復興「鷹山」 その余韻を ”祇園祭~鷹山復興記念展~”京都文化博物館

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 山鉾は町中をめぐり疫病神を集めるとされることから、巡行が終わるとすぐに解体される。毎年、祇園祭が始まる季節に一(いち)から組み立てる必要があるため、技術の継承が途切れると、10年先、20年先に影響が出る。それだけに各保存会の焦りは大きかった。

 2年連続で中止となった2021年には、 慣例の所作や段取りを継承するため、巡行する代わりに各保存会の代表者が練り歩くことになり、その順番を決めるための恒例の「くじ取り式」を開いたほどだった。

■山鉾の復活、そのたびに感じる”強さ”

「都名所図会」(1780年・安永9年 京都文化博物館蔵)
「繪本洛陽祭禮鑑」(1786年・天明6年 京都府立京都学・歴彩館蔵)

 京都はたびたび戦火にみまわれ、その影響は祇園祭の山鉾にも及んだ。特に幕末の禁門の変(蛤御門の変)では、鷹山のみならず、京都の市街地が大火に遭い、多くの山鉾が焼失した。町衆は少しずつ山鉾を復興させてきたが、全ての山鉾が復興するまでには長い年月を要した。

 菊水鉾はそれから90年を経た1953(昭和28年)に復興され、「昭和の鉾」と呼ばれ戦後復興のシンボルに。

 1979(昭和54)年には綾傘鉾、1981(昭和56)年には蟷螂山、1988(昭和63)年には四条傘鉾がそれぞれ復興されて巡行の列に加わった。2014(平成26年)には大船鉾が復活して、東日本大震災で沈んだムードを払拭する、明るい話題を届けた。

菊水鉾 後方から(「祇園祭~鷹山復興記念展~」より
祇園祭は八坂神社の祭礼で、その起源は平安初期の869(貞観11)年、神輿を神泉苑に送って疫神の祟りを祓おうとした「祇園御霊会」

 そして2022(令和4)年、3年ぶりの巡行再開。コロナ禍で打ちひしがれた私たちの前に、約200年ぶりに鷹山が帰ってきた。鷹山の復帰で、江戸時代後期に巡行していた34基の山鉾が全て復興を終えたことになる。

御池通を巡行する「鷹山」実に196年ぶりの雄姿が京の都に<2022年7月24日午前>

 京都文化博物館では、後祭・山鉾巡行終了後も、真夏の京都でその余韻に浸ってもらうべく、この展覧会を開催している。

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