応仁の乱以来、550年経て再興「北野御霊会」神仏習合儀式で安寧祈る 京都・北野天満宮

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 全国の天満宮の総本社・北野天満宮(京都市上京区)に、比叡山延暦寺(滋賀県大津市)の僧侶らを迎え、神仏習合形式による儀式「北野御霊会(ごりょうえ)」が4日、営まれた。
 応仁の乱(1467年~77年)で途絶えていたが、2020年に約550年ぶりに再興して3年目を迎え、新型コロナウイルスの早期収束や世界平和、国家安穏を祈願した。

2020(令和2)年に再興「北野御霊会」

 北野御霊会は平安時代の987(永延元)年、一条天皇の命により勅使を遣わせた祭祀(勅祭)、「北野祭」 を起源とする。この祭祀に、延暦寺の僧侶による”御霊会”が盛り込まれていた。北野天満宮は延暦寺の管轄下にあり、その宮司の役割を担う別当(べっとう)職を天台宗の京都五箇室門跡の一つ、曼殊院(まんしゅいん)門跡(京都市左京区)の門主が代々務めていたという。

北野天満宮の神職9人と比叡山延暦寺の僧侶14人が境内の三光門の下で向き合う
従来は毎年8月に行われた「北野祭」御霊会といった仏事に加え、神輿の渡御や走り馬、舞楽の奉納などが催された

 しかし応仁の乱で途絶え、江戸末期に復興が試みられたが、明治政府による神仏分離令で神社と寺院の分離が図られ、神事のみで斎行されていた。
 
 御霊会再興への機運は令和に入り高まった。比叡山に籠り天台宗を開いた最澄の没後1200年の御遠忌が2021(令和3)年に執り行われた。また、北野天満宮の祭神・菅原道真の没後1125年の半萬燈祭(※はんまんとうさい)を2027(令和9)年に控えている。こうしたことから、いったん途絶えた歴史的関係やしきたりを後世に伝承するため、年中行事として復興させた。

再興3年目を迎えた「北野御霊会」
明治維新までの1100年以上もの間、神社と寺院が一体となり神と仏を崇める神仏併祀が行われていた

 折しも、新型コロナウイルスのまん延やロシアによるウクライナ軍事侵攻、自然災害への脅威などが深刻さを増しているだけに、こうした”御霊会”の意味合いを考え、3年目となる今年はコロナ感染対策に留意しながら本殿に約60人の参列者を招いた。

本殿で蓮をかたどった紙を撒く「散華」
祭神・菅原道真に対して「南無天満大自在天神」と宝号を唱える

 これまでで最も多い神職9人と僧侶14人が並んで本殿に入り、北野天満宮の橘重十九(しげとく)宮司が祝詞(のりと)をあげ、僧侶が仏教音楽・声明(しょうみょう)を響かせた。そして延暦寺の僧侶らによって、祭神・菅原道真に対して「南無天満大自在天神(なむてんまだいじざいてんじん)」と宝号が唱えられ、佐々木光澄(こうちょう)大僧正が神道の儀礼として「玉串」を捧げた。


【北野天満宮 公式サイト】

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