【中将】 いやいや、この王さんのまっすぐな性格そのままでの歌い方がイイじゃないですか(笑)。この曲はラジオ番組『ABC子どもの歌』(朝日放送)のために1959(昭和34)年に作られた曲なんですが、もともとは長嶋茂雄さんに依頼があったそうです。ですが長嶋さんが「歌に自信がない」と断って、代わりに当時話題のルーキーだった王さんが歌うことになりました。王さんもそんなに自信があったわけじゃないだろうけど、サービス精神の強い人だし「子どもたちが喜んでくれるなら」と思って引き受けたんじゃないですかね。
いよいよ次の曲で最後の曲になりました。板東英二さんの「燃えよドラゴンズ!」(1974)。すでに現役は退いていましたが、数ある野球選手の曲の中でも最大のヒットではないでしょうか。
【橋本】 この曲はもちろん知ってますが、板東さんって野球選手だったんですか……知らなかった……タレントや野球解説をしているところしか見たことないので……“ゆでたまご”の人かと思ってました(笑)。
【中将】 ドラゴンズのバリバリの名選手ですよ(笑)。この曲は『ばつぐんジョッキー』(CBCラジオ)という番組のドラゴンズ応援歌募集企画に山本正之さんが応募した作品なんですが、当時はドラゴンズが20年ぶりに優勝しようかというタイミング。パーソナリティーだった板東さんがシーズン終盤の番組でデモテープをかけたところ、問い合わせが殺到し、レコード化されました。坂東さんはヒットを予感していて版権を買い取ろうとしたそうなんですが、マネージャーに反対され断念。そしたら40万枚以上売り上げる大ヒットになってしまったという残念エピソードがあります。
【橋本】 40万枚……今でもいろんなバージョンで歌い継がれてる曲だし、それは本当に残念ですね!
【中将】 ビジネスマンだけど今一つ上手くいかない板東さんらしい話です(笑)。
ともあれこの後もピンクレディーの「サウスポー」(1978)や岩崎良美さんの「タッチ」(1985)など多くの野球ソングがヒットしました。現在も『熱闘甲子園』(テレビ朝日)のテーマソングなど野球にまつわる曲が毎年登場していますね。
【橋本】 これから先、どんな野球ソングが登場するのか楽しみですね!
(※ラジオ関西『中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス』2022年9月11日放送回より)