真言密教の聖地・高野山(和歌山県高野町)の世界遺産で、鎌倉幕府の初代将軍、源頼朝の妻・北条政子ゆかりの金剛三昧院(こんごうさんまいいん)で、国宝・多宝塔の内部が特別公開されている(12月18日まで の土曜・日曜・祝日限定)。 放映中のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にちなんで企画された。
弘法大師・空海(774~835)が開創した高野山では、総本山・金剛峯寺と、管轄する奥の院御廟や壇上伽藍、徳川家霊台など5か所と、塔頭寺院(117か寺)の中で唯一選ばれた金剛三昧院の計6か所が 2004(平成16)年、世界文化遺産に登録された。金剛三昧院は北条政子の発願で、夫・頼朝を弔うために1211(建暦元)年に創建された禅定院を起源とする。
本尊・愛染明王は、恋愛のみならず、様々な良縁を結ぶ仏とされている。
境内の多宝塔は1223(貞応2)年に建立されたと伝わり、桧皮葺、高さ約15m。高野山に現存する最古の建造物で、国内の多宝塔では石山寺に次いで2番目に古く、2023年には800年を迎える。
内部公開は高野山開創1200年を記念した2015年以来で、 堂内には国重要文化財で、密教の知恵を現した5体の仏像・五智如来坐像(ごちにょらい・ざぞう)が安置されている。鎌倉時代の仏師、運慶の作と伝わる。
■「女人禁制」だった高野山、政子の思いをどうやって?
ところで、女人禁制とされた高野山。政子が実際に参詣した記録はない。なぜ女性である政子の思いが通じたのか。高野山大学・坂口太郎准教授(日本中世史)は、「貞応年間(1222~24年)、鎌倉幕府将軍は空位で、北条義時・泰時が執権の時代。頼朝の死後、政子が尼となり幕政の実権を握る。事実上は将軍と同位、“鎌倉殿”の立場だった。その関係で金剛三昧院は隆盛を遂げたと考えられる」と指摘する。
◆世界遺産高野山 金剛三昧院
【公式サイト】
【公式Facebook】