最近では「異能力を持つ文豪」として人気アニメで活躍している女流歌人、与謝野晶子(1878~1942年)。実は彼女は大の温泉好きだったー。
そのことがよく分かる展覧会が大阪府堺市の「さかい利晶の杜」で開かれている。晶子が夫、与謝野寛(鉄幹)とともに旅した温泉地での様子を、同時代の絵師、吉田初三郎(1884~1955年)が描いたパノラマ地図原画と晶子らの歌でたどる企画展「与謝野晶子×吉田初三郎 与謝野晶子の温泉紀行」。2023年1月15日(日)まで開催されている。(※イベントは終了しました)
晶子は夫の寛とともに吟行(ぎんこう。歌を詠むために名所に出掛けること)や講演会、病気療養目的などで頻繁に温泉旅に出た。箱根や熱海をはじめとする温泉地に生涯で100カ所以上も足を運び、数々の秀歌を生み出した。2人の末娘、藤子は、「2人が一番好きだったのはお風呂。朝晩必ず入っていました。それは私の家の一番の贅沢でした」と語っていたという。
一方、吉田初三郎(1884~1955年)は、大胆なデフォルメを施した独自の技法で日本全国の名所のパノラマ地図を制作。大正から昭和にかけて旅行案内の挿絵やポスターなどにも用いられ、当時の観光ブームと相まって、絶大な人気を博した。同時代を生きた晶子と初三郎に直接の交流があったかは不明だが、1934(昭和6)年、別府で催された会合の集合写真では、初三郎と晶子夫妻が前後の位置に立ち、収まっている。
展示されている原画は、「丹那トンネル開通の熱海温泉図」「富士身延鉄道沿線名所鳥瞰図」「霊湯星野温泉図」などで、その温泉地で晶子夫妻が詠んだ歌とともに紹介されている。
「丹那トンネル……」は1934(昭和9)年、東海道本線熱海~函南駅間に丹那トンネルが開通した記念として制作された作品で、大きく大胆に表現された富士山をバックに、熱海の町の景観を描写。晶子は、住んでいた東京から行きやすい熱海地域にある温泉を計27回訪れており、「いみじけれ 伊豆の熱海の 山ざくら 海にも落ちず 中空に咲く」などの歌を作った。
「富士身延鉄道沿線名所鳥瞰図」は富士身延鉄道(現在のJR身延線)開通を記念して1928(昭和3)年に発表された、幅約2.5メートル(原画)の大作で、吉田の代表作の1つでもある。画面の左右に身延山と富士山を置き、奥にハワイやサンフランシスコ、台湾、朝鮮半島まで配する壮大なスケールの構図となっており、図の中には、晶子らが足を運んだ富士五湖の1つ、精進湖も見える。
泊まった宿の前で、晶子らがかごに乗る写真も興味深い。1931(昭和6)年、弟子たちを伴い、群馬県の法師温泉に赴いた際のショットで、晶子は、2人の男性が担ぐ屋根付きのかごの中ですました表情を見せるが、歌では「板縁に 駕籠を寄せたり かくのごと 雲の迎への 来たらましかば」と詠んでおり、かごでの道中を楽しんでいる様子が伝わってくる。
そのほか晶子らが訪れた温泉を示した日本地図や各温泉地でのエピソードを紹介したコーナー、貴重な写真が並ぶ壁面も。出口近くには、入場者に温泉地にまつわるコメントを付箋に書いて貼ってもらうボードを設置、“参加型”で楽しめる工夫が凝らされている。
◆企画展「与謝野晶子×吉田初三郎 与謝野晶子の温泉紀行」
会場:さかい利晶の杜(〒5900958 大阪府堺市堺区宿院町西2丁1番1号)
会期:2022年11月12日(土)~2023年1月15日(日)
休館日:12月20日(火)、12月29日(木)~1月3日(火)
観覧料(税込):大人300円、高校生200円、中学生以下無料
問い合わせ:さかい利晶の杜、電話072-260-4386