キッチンやリビングの天井にぶら下がっている、ハエを捕まえるためのネバネバの紙「ハエ取り紙」。昭和の日常だったこのアイテムの歴史は古く、日本で販売が始まったのは大正時代のことだそう。 昭和の家庭の衛生状態を守ってくれていた「ハイトリ紙」を開発したのは、今年創業100年を迎えるカモ井加工紙株式会社。大正時代から続く歴史や名前の由来などについて、話を聞きました。
―――日本ではいつから販売されている?
【担当者】 もともと、アメリカやドイツなど海外からの輸入品はあったのですが、輸入品のハエ取り紙は高価で庶民の人たちはとても手が出せなかったそうです。そして、1923(大正12)年に、国産のハエ取り紙の製造販売を行う「カモ井のハイトリ紙製造所」が弊社の前身として創業。ハエ取り紙を安価でより効率的な商品にすべく、実験に実験を重ねました。
当初開発された「平型ハイトリ紙」はテーブルに置くタイプで、A4サイズほどでした。その後、創業から7年が経った1930(昭和5)年に、天井からぶら下げる「リボン型ハイトリ紙」が開発されました。
―――なぜ「ハイトリ紙」という名前に?
【担当者】「ハエを捕るための紙」という意味なのですが、「ハエ」は岡山弁で「ハイ」と呼ぶことから「ハイトリ紙」になりました。人々の暮らしに馴染むようにと、創業者があえて方言を使った名前にしたそうです。
―――なぜハエが集まる?
【担当者】 実は、ハイトリ紙にはハエを誘引するような成分は使っておらず、ハエの習性を利用した商品なんです。
テーブルのような平らな場所に止まる習性を持つハエ、天井などからぶら下がったモノに止まる習性を持つハエ、日本の住宅ではおもにこの2種類のハエが見られたため、テーブルの上に置く「平型」と、天井からぶら下げる「リボン型」が開発されました。
―――なぜ全国に普及した?
【担当者】 昔は、下水が通っていなかったり網戸がなかったりと、住宅環境が悪かった。住宅環境が悪いと、住宅の近く、もしくは住宅そのものがハエの発生源になってしまう。すると、必然的に住宅に侵入するハエが多くなります。当時の住宅環境こそが、ハイトリ紙が普及した大きな要因です。
―――当時の人々にとってどんな存在だった?