研修生への応募がゼロ、異例の事態 現在も募集中 大阪・国立文楽劇場【募る!文楽の後継者】(1) | ラジトピ ラジオ関西トピックス

研修生への応募がゼロ、異例の事態 現在も募集中 大阪・国立文楽劇場【募る!文楽の後継者】(1)

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 人形浄瑠璃文楽。太夫、三味線、人形遣いの「三業」が織り成すドラマチックな舞台は日本が世界に誇る総合芸術で、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている。だがコロナ禍を経て、国立文楽劇場(大阪市)の観客数は以前ほどには戻らず、文楽の新たな担い手となる研修生への応募もゼロという危機的な状況に陥っている。伝統芸能の灯を後世に伝えていくにはどうしたら良いのか。関係者らに取材した。【2回連載の(1)】

文楽鑑賞教室「仮名手本忠臣蔵」殿中刃傷の段(国立文楽劇場提供)
文楽鑑賞教室「仮名手本忠臣蔵」殿中刃傷の段(国立文楽劇場提供)

▽異例の事態
 国立劇場を運営する独立行政法人「日本芸術文化振興会」は、文楽や歌舞伎、能楽など伝統芸能の後継者を育てる養成制度を設けている。文楽の同制度は1972年にスタート、以来ほぼ隔年で募集し、毎回数人ずつ、多いときは18人の応募があった回(昭和62~平成元年)も。だが今年2月締め切り回は期限までに申し込みは1件もなく、半世紀の歴史の中で異例の事態となっている。

 その後締め切りを延長し、2件の応募があったものの条件が合わず、いずれも“入学”に至らなかった。現在は締め切りを決めずに随時募るというイレギュラーな募集形態としている。

 同劇場の亀田雄一企画制作課長は「文楽の大舞台を継続的に作らないといけない中で、研修生が来ないのは……」と悩ましげな表情。さらに昨年研修生となり、養成中だった1人も辞めることになり、現在は研修生自体が1人もいない状況だ。

 なぜ研修生への応募がないのだろう。亀田課長によると、コロナ禍以降、同劇場の観客数は以前の水準まで戻っていないという。文楽以外の伝統芸能の公演数も減少傾向といい、同課長は「観客が減ると、その道を志す若者も減る。少子化の影響もある。伝統芸能全体が深刻な後継者不足となっている」とため息をつく。

 国立文楽劇場は2020年3月から約半年間、公演を中止。その後、席数を制限したり、土日の舞台を取り止めたりしながら、コロナ禍での公演を営んできた。観客数減少の一方で、公演終了後の映像配信(有料)は好評を得て続けているという。観客数が減っているとはいえ、文楽人気自体が衰えたわけでもなさそうだ。

研修風景(国立文楽劇場提供)
研修風景(国立文楽劇場提供)

▽条件は?
 「文楽研修生募集」の応募資格は、「中学生卒業(見込み含む)以上、原則23歳以下の男子」で、選考には作文、面接、簡単な実技試験を実施。合格者は2年間、義太夫、三味線、人形の基礎とともに、箏曲や胡弓、謡、狂言なども学ぶ。研修開始後8か月以内に適性審査が行われ、三業のうちいずれかの専攻で合格が決まる。研修中の受講料は無料。遠隔地の研修生には、宿舎の貸与(有料)または住宅費の一部補助がある。

 ただし年齢制限に関しては実際はやや緩やかで、20代後半の人が受験、合格したケースもこれまでにあったという。募集対象が10~20代であることについて亀田課長は「もともと日本の伝統芸能は小さいうちから世襲や弟子入りで後継者を確保してきた。芸を覚えるのは長い時間が掛かる。人形を3人で操る人形遣いは、足遣い(人形の足担当)だけでも一人前になるまで10年と言われる。高い年齢からやり始めたら、どうしても活動期間が短くなる。高度な技は、記憶力も体力もある若いうちから何十年間もかけて覚えていくしかない」と説明する。

 募集対象が男性だけである点はどうだろうか。兵庫県の淡路人形浄瑠璃は、女性の演じ手も数多い。文楽が女性にも募集枠を広げる可能性はあるか、亀田課長に尋ねると、「劇場では、設立当初から伝統芸能伝承者の養成事業に取り組んできた。長い歴史の中で守り伝えられてきた古典伝承のままの姿で継承されるよう努めており、それ以上コメントすることは難しい」という。文楽に限らず、男性だけで続いてきた伝統芸能は一定数あり、後継者として女性に門戸を広げるのは、一足飛びにはいかないようだ。

 現在、技芸員は計85人(大夫22人、三味線22人、人形41人)。うち研修生出身は49人で、過半数を占めている。歌舞伎と異なり世襲制がない文楽は、一般家庭から入った人でも実力次第で大きく活躍できるのが特徴である。

 大阪の同劇場、東京の国立劇場での長期公演に加え、国内各地や海外での舞台など、活躍の場は広く、技芸員らは、1年を通して多忙なスケジュールをこなす。全員が文楽協会と契約した個人事業主で、出演料は主に興行収入から賄われている。

「かみなり太鼓」(国立文楽劇場提供)
「かみなり太鼓」(国立文楽劇場提供)
西遊記(国立文楽劇場提供)
西遊記(国立文楽劇場提供)

▽初開催の体験イベントは盛況
 一方、1人でも多くの人に文楽を知ってもらおうと、同劇場はさまざまな取り組みを進めている。6月、文楽を分かりやすくひもとく「文楽鑑賞教室」を開いたのに続き、「夏休み文楽特別公演」(8月13日まで)では、恒例の「親子劇場」として、小さな子どもも楽しめる演目「かみなり太鼓」「西遊記」を上演している。

 また7月17日、演じる楽しさを味わえる体験イベント「やってみる文楽」も初開催。事前に「中学生以上の若い人」との枠で募集、申し込みのあった55人から13~27歳までの19人を選んだ。当日は、太夫としての発声法や三味線の扱い方、舞台上で人形を遣う方法などについて、現役の技芸員から直接指導を受けた。当日、会場となった小劇場、楽屋、ロビーは、それぞれの業に挑戦する若者の熱気で盛況に。

参加者に人形の遣い方を説明する吉田簔二郎さん(人形)
参加者に人形の遣い方を説明する吉田簔二郎さん(人形遣い)=左
3人で協力して人形遣いにチャレンジする参加者ら
3人で協力して人形遣いにチャレンジする参加者ら
発声法を指導する豊竹藤太夫さん(太夫)=左
発声法を指導する豊竹藤太夫さん(太夫)=左
初めて三味線を持つ参加者も
初めて三味線を持つ参加者も

 参加した神戸市内の高2女子(16)は、「実際に人形を持ってみたら重過ぎて、ただ持っているだけで腕がしびれた。まるで魂が入っているかのように人形を生き生きと動かせる人形遣いの人の技術は本当にすごい」と感激した様子。「(体験してみて)文楽という芸能が長く続いてきた理由が分かった気がしたし、これからもずっと受け継がれていってほしい」と話した。

 同イベントは今後も、対象年齢を替えながら定期的に継続していく方針だ。

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