能登地震「いのち救えず…でも家族の心、救わねば」兵庫県警 阪神・淡路大震災の“恩返し”【後編】 | ラジトピ ラジオ関西トピックス

能登地震「いのち救えず…でも家族の心、救わねば」兵庫県警 阪神・淡路大震災の“恩返し”【後編】

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 最大震度7を観測した石川県・能登半島地震。被災範囲は富山県、新潟県にも及び、被害実態の把握が困難を極めている。

 1月12日午後2時現在、石川県内では珠洲市で98人、輪島市で83人など合わせて215人の死亡が確認された。連絡が取れない安否不明者は38人。

 発生当日、石川県輪島市へ向かった兵庫県警・広域緊急援助隊のメンバー2人(4日まで現地で活動)が12日、活動報告した。

 ラジオ関西トピックス「ラジトピ」では、メンバーの活動報告を前編・後編の2回に分けて送る(この記事は前編からの続きです)。

(※記事中画像は兵庫県警・災害対策課提供)

 阪神・淡路大震災を経験した兵庫県警にとって、29年前に全国から支えてもらった「恩返し」の気持ちと、現地で難易度の高い救助活動での「もどかしさ」が交錯したのが第1陣・50人の率直な感想だった。

輪島市内を上空から撮影<2024年1月4日 ※画像提供・兵庫県警> 
輪島市内を上空から撮影 西側は大半が焼き尽くされた「輪島朝市」 <2024年1月4日 ※画像提供・兵庫県警> 

 災害対策課・技能指導官、三戸恵一朗警部補(47)は、発生第1報を聞き、何も言わずに出動準備に入った。いわゆる“自主参集”と呼ばれるものだ。「出動はあるもの、と腹をくくった」と振り返る。発災直後、兵庫県北部・日本海側に津波警報が出た段階で、津波対応と(石川県への)派遣準備への気持ちを高め、「必ず救助事案があるのだ」と覚悟した。

 災害警備は今回で10回目の三戸さんにとって、東日本大震災以来のハードルの高さを感じたという。通常ならば、現地(被災地)の警察から現地指揮書を渡され、指示のもと捜索に向かうのだが、今回は何もない状態で輪島市文化会館に拠点を作って態勢を整えたという。実際のところ、石川県警も状況を把握できていない状態で、兵庫県警の特別救助チームが救助方針を決めた。救助活動のスタートが、今までにない困難さを極めた。

 三戸さんは技能指導官の立場で、救助に影響のないがれきを排除して足場を作り、2階の構造物を傷つけないように少しずつがれきを搬出し、下敷きになっている要救助者を運び出す際に2階部分が倒壊しないよう慎重に対応した。

 災害用救助工具セットやチェーンソーなど少ない器材を駆使しながら、隊員が最後まで「大丈夫、大丈夫」と声をかけ、「生きている、絶対助け出す」という姿に気概を感じた。この救助者は死亡していたが、家族の元に引き渡すことができた。それでも、「ありがとうございます」という言葉をかけられ、「ご家族の心まで救わなければ」と改めて思ったという。

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