現実と虚構、そのはざまでうつろいゆく世界観を描く現代美術家・牡丹靖佳(ぼたん・やすよし)の、美術館では初の個展が、市立伊丹ミュージアムで開かれている。2024年2月25日(日)まで。
展示室に足を踏み入れると、絵の具の匂いを感じられる。今展のために制作された最新作から過去の作品まで100点余りが並ぶ。
大阪生まれの牡丹靖佳氏は、ニューヨークで絵画を学び、そこで気づいた日本・そして日本美術の良さを取り入れながら創作に取り組み、国内外から評価を得てきた。時期によって画風や主題に変化はあるものの、根底には「現実」と「虚構=現実ではないもの」があり、牡丹氏自身がその境目にいて、うつろいゆく世界を表現している。
今展のために描かれた幅約6メートル、高さ約2.5メートルの最新作『兎月夜』は、月夜に踊る兎を主役に、天と地、生と死、虚と実と、相反するものが交錯する森が広がる。「きれいな作品だが、寂しさや、この奥に行ってもいいのかなという不穏な感じもある。ただきれいなだけではない、というのがこの作家のいいところです」と、市立伊丹ミュージアムの岡本梓学芸員は話す。
『兎月夜』だけでなく、牡丹氏の作品には森を描いたものが多い。かつてスウェーデンで森に迷ったことがあり、そこで命の危険を感じた経験があるという。この時の不安や恐怖が森への畏敬の念が深まったのか、作品には道を探すための目印とした十字が多く登場するようになる。
『a little confusion』は、木の枝や山などの具象的なイメージは鉛筆で繊細に描かれているが、画面の奥に沈んでいる。一方、本来背景とされるようなインクの垂れや筆致、色面などは前に出されており、意識的に反転させることで奥行きを錯綜させ、見る者の視線と意識を混乱させる。「すべて計算されている。この頃はインクの垂れも描いていたそうです」と岡本学芸員。
また牡丹氏は、画家としてだけでなく、絵本作家の顔も持つ。これまでに絵と言葉の両方を手掛けた絵本と児童書は計5冊刊行され、豊かな色がきらめきながらも不穏な気配や静寂が潜む物語の世界をつくり上げ、その幻想的な世界観は高く評価されてきた。岡本学芸員は「画面の隅々まで細かく明瞭に描かれていて、色の使い方や筆遣いなど画家としての自分が絵本をつくることを意識している。印刷された絵本ではわからない原画ならではの細かいところを感じ取ってほしい」と話す。