「あのひと、雰囲気が良いな……」などの表現を使うこともあるのでは。ただし、「具体的に何が?」と問われると、言葉に詰まってしまうものです。
そんな抽象的な「雰囲気」の実態を解き明かそうと、一昨年(2022年)、神戸大学に設立されたのが「神戸雰囲気学研究所」です。同研究所の代表は「なかなか言葉にしにくい『雰囲気』の経験について、それを語るための言葉を整備していきたい」と話します。
誰もが上手に雰囲気を察知し、適切な行動につなげたいものですが、研究の中に、我々の生活に役立つヒントはあるのでしょうか。ここでは彼らが研究する「雰囲気」の正体に迫ります。
「『雰囲気』という言葉自体は、翻訳語として、明治以降に広まった言葉です」と話すのは、神戸雰囲気学研究所で代表を務める、久山雄甫(ひさやま・ゆうほ)神戸大学准教授です。
おそらく人類が誕生してから感じ続けていたであろう、人や場所などの空気感を表す言葉が、そんな近代的なものだったとは、なんとも意外ですね。
そのため、日常的に使う雰囲気に関する言葉の数は十分でなく、学問の世界でも、研究対象が持つ雰囲気を的確に表現するのに、多くの学者は苦心しているそう。
「例えば、建築の分野でいう『住み心地』や『場の空気感』とは、いったい何なのか、現状では雰囲気を研究し語ることが難しい。そういう『何となく感じているもの』を言語化して語彙を整備し、概念を作り上げていこうというのが、この研究所の出発点です」(久山さん)
この研究所には、哲学、歴史学、文学、芸術学、建築学など、様々な分野の研究者が集い、おそらく世界で初めて「雰囲気」というテーマに特化した分野横断的な組織となっているとのことです。
なんとなく研究内容の「雰囲気」は分かった気がします……。では、テーマである「雰囲気」の本質に迫りましょう。そもそも、どのように雰囲気を知覚しているのでしょうか。
「『雰囲気』は、五感の枠組みを超えた共感覚によって、記憶と結びついて捉えられています」(久山さん)
共感覚とは、数字や文字を見たときにまるで色がついていると感じるなどのような、一つの感覚から無関係と思われる別の感覚が呼び起こされる現象のこと。
久山さんの研究では、「雰囲気」はひとつだけではなく複数の感覚で捉えられていて、共感覚的な影響を受けているということがわかっています。
そして、もう一つのポイント、記憶との結びつきについては、五輪で盛り上がったパリの風景を見たとして、行ったことがある人はその記憶と結びつき、懐かしいなどの一般的な「イメージ」とは異なる雰囲気を感じることもあるでしょう。
このように複雑に感覚や記憶が絡み合って主観にも客観にも収まりきらない「雰囲気」を捉えているため、感じたものを具体的に言葉で説明するのが難しいということです。