介護職は理想と現実のギャップが大きく、勤務がなかなか続かない業界と言われている。その中で、利用者・家族双方の声に耳を傾けつつ、苦境を経ての職員の辞職はゼロという高齢者施設が、兵庫県明石市にある。経営者自身が経験から得た気付きを反映した取り組みや、同施設の実践する“利用者への寄り添い”を取材した。
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「コロナ禍では大変な状況が続きましたが、管理者が一人も辞めることなく協力し合い、ここまで来られたことを誇りに思っております」と話すのは、住宅型有料老人ホーム「藍の郷」(明石市)を運営する有限会社コーワ(以下、コーワ)の取締役・下村正樹さんだ。
同施設では利用者7、8人に対しスタッフが1人、24時間体制で常駐。利用者が健やかに過ごせるよう、ケアマネージャーがそれぞれの利用者にとって最も良い介護計画を立てる。
こういった対応の背景には、下村さん自身の経験がある。
下村さんの母が以前利用していた老人ホームは、見た目が豪華で、フロントはホテルのロビーにいるかのように思うほどだったという。部屋も広かった。ただ、スタッフが部屋に顔を出す数が限られていたり、出された食事も、食べなければすぐに引き上げられてしまうといったことが繰り返された結果、下村さんの母は精神的に不安定に。食事も進まず、どんどんやせていってしまったそう。
様子を見かねて藍の郷に居を移したところ、アットホームな空間で、スタッフとも顔を合わすことも数多くある環境に、母の顔色はよくなり食事もどんどん進むようになったという。この経験から下村さんは、“利用者自身と利用者の家族では感じることの基準が違う”ことに改めて気付かされたと語った。
藍の郷のホーム長・宮下一実さんは、利用者同士が笑いながら話をしていたり、体調が悪そうな人に「大丈夫?」という声を掛けたりしている様子を見るとうれしくなってくるのだそう。「職員が各部屋の前を通るので、お部屋の扉は極力開けた状態にさせてもらっています。常に様子が見られるというところで、家族の方からは『すごく安心する』という声をお寄せいただいています」と話す。
コーワが藍の郷と併せて手がけるデイサービスセンター「紅葉」の管理者・蓮池知子さんによると、同センターのコンセプトは「家族を介護する立場になったときに、自分の家族に笑顔で通って、明日も行きたいと言ってもらえるデイサービス」。入浴サービス一つとっても、一般的な浴槽に加えて、座った状態のままでお湯に浸かることができる設備“機械浴”を備え、必ず介護職員が介助することで安心して風呂に入れるようにしているという。