行ったことがないのに、なぜか懐かしい風景。説明しがたいノスタルジーに駆られる展覧会「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」が大阪歴史博物館(大阪市中央区)で開かれている。
大正から昭和にかけて活躍した木版画家、川瀬巴水(かわせ・はすい)の初期から晩年までの代表作を集めた大規模展で、国内のみならず、海外にもスティーブ・ジョブズなどのファンを持つ巴水の画業と作品の魅力をひもとく。12月2日(月)まで。
巴水は1883(明治16)年、東京・新橋の老舗の糸屋に生まれた。美人画で知られる鏑木清方の門下を経て、新版画(※)を提唱する版元の渡邊庄三郎とともに、風景を題材とした版画家として歩み出す。写生帖を手に全国を旅し、時刻や四季によって変わる景色、庶民の暮らしぶりなどを細密にスケッチ。近代化が著しく進んだ時代の風景を鮮やかに描き残した。
展覧会は時系列の3章立てで、計約170点を展示。第1章では、巴水が幼い頃から慣れ親しんだ塩原の情景をテーマとした三部作を冒頭に、「旅みやげ」と題した各地の風景版画が並ぶ。青空が夕日に染まっていくさま、またそれが水面に映る様子を繊細なグラデーションで表した『木場の夕暮』(1920[大正9]年)は初期の傑作だ。
一方、入道雲の下、武家屋敷街を歩く和服姿の女性を捉えた『金澤下本多町』(1921[大正10]年)は、深緑の大木と土塀、傾けた日傘、女性の赤い帯が絶妙な構図で、かつての夏の暑さを雄弁に伝えている。
版画家として順調に創作活動を行っていた巴水だったが、1923(大正12)年、関東大震災で、写生帖をはじめとする、あらゆる画業の成果を失ってしまう。大きなダメージを受けた巴水を庄三郎は励まし、再び旅へと送り出した。
第2章では、震災後に敢行した長い旅で生み出された作品を紹介。そこでは、震災前よりも色数が増えて明るくなり、隅々まで写実的になった画風をたどることができる。屈指の代表作として知られる『芝増上寺』(1925[大正14]年)、『馬込の月』(1930[昭和5]年)を含む「東京二十景」は、この時期の作品集で、巴水の名声を不動のものとした。