震災で実感したラジオとリスナーとの信頼感 30年を経て感じる今の思い「今日より素敵な明日はない」

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 当時は手探りでやっていたが、リスナーさんが自然発生的に「自分は〇〇の●●やけど元気です!」など情報をラジ関にくれた。今でも目に浮かぶのは、震災のとき、FAX(の紙)がワーッと山積みになっていったこと。ラジオに対しての信頼が目に見えた瞬間だったな。

 だから、ラジオ局も被災しているけど、被災地のリスナーさんと同じ目線で、被災者に向かって明確でわかりやすい放送ができていた。たぶんラジオ関西が評価されたのは、そういったところ。あれからラジ関とリスナーさんとのつながりみたいな、目に見えない“信頼感”が生まれた気がする。そのなかで僕もしゃべることができたし、それがここまで続けられた一番のエネルギーになった。

◇ラジオには生き残ってほしいけど……

 今は、SNSが主の時代。時に誹謗中傷とかが問題になることがあるけど、ラジオではそういうのはあまり感じたことがない。やっぱり、リスナーとの信頼関係があるからだろうね。ただ、それがあるから聴いてくれるのかといえば、どうなんだろう……。

 震災・災害のときなど「いざというとき聴いてくださいね」という話もあるが、日頃から聞く態勢にないと、それは(急には)無理やと思う。日頃からどれだけリスナーと信頼関係をつなげるか、そこが一番の基盤になるところ。そこをなんとかつなげたいとは思っているが、時代の変化というのも(ラジオパーソナリティーの1人として)非常に感じている。

 ラジオは生き残ってほしいけど、なくなりはせえへんやろうけど、一部マニアックな存在になるのかもしれないのかな……。これからはAIとか入ってくるとは思うが、僕自身、思うのは、最後は「人間対人間」「生の声対生の声」。その魅力を伝えるメディアとして、ラジオは非常に重要なツールの1つだと思う。今の段階ではね。

 どのレベルで存続させられるのか、それは民放であるところの難しさもあると思うが、社会に必要性を認識させるには、魅力的な番組を作っていくなど、ラジオの魅力を理解してもらうしかないのかな。難しい時代にはなっているけど、そこをあきらめてしもたら、ラジオはいらんとなるんちゃうかな。らしさがなくなったらね。

◇ラジオを続けて実感した兵庫県の魅力

 ラジオ関西は地元・兵庫県の情報をずっと届けているが、この兵庫というところは、地域性がものすごく強い。たとえば西播磨と阪神、但馬とでは、全然違う。そのローカル色をそれぞれ県内で戦わせたり、違いをおもしろがったりとかするのが、また面白い。方言と一緒で、それぞれの違い=魅力をどう伝えていけるかというのは、ラジオをやっていて、ずっと思っていること。

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