乗客106人が亡くなり、562人が重軽傷を負ったJR福知山線脱線事故は25日、発生から20年を迎える。

当時大学生だった次女が事故車両の2両目で大けがをした、兵庫県川西市の三井ハルコさんがラジオ関西の取材に応じた。

三井さんをはじめ、事故の負傷者と家族らの有志は事故の2年後、2007年7月から「補償交渉を考える勉強会」を開催。
その後、補償(賠償)交渉などが個別では対処しきれなくなったため2008年2月に「JR福知山線事故・負傷者と家族等の会」を設立した。

心身の不調を抱えながらJR西日本との補償交渉を続ける人、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む人もいる。
三井さんの次女もラッシュアワーの電車 に乗れない時期があった。「娘は命を取り留めたから、LINEで連絡を取ることも、会うこともできる。しかし20年前のあの日、家族や知人を失った方々の気持ちはいかばかりのものか、それを思うと涙が出てくる」とうつむいた。
「被害者の家族は“当事者じゃない”という後ろめたさや負い目があった」という。




